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11/26/2008 体验《中国铁道大纪行》!-西安兵马俑-ホテルにチェックインして、再び駅前へ。 時間も昼近いし、雨も降り出しだし、 今日は一箇所のみ、屋内の観光地へ… ということで兵馬俑へ行こうと駅右側にある観光路線バス乗り場へ。
バス乗り場に行くと、 人の列がうねうねと渦を巻いていました。 バスは何台も停まっていて 色んな郊外の観光地へ向かうようです。 兵馬俑行きを見つけるも、 どこが最後尾か分からないくらいの長ーい列。
とりあえず列を整えているらしいおじいさんに 兵馬俑行きバスの列を聞きます。 とりわけ長~い列を指されました。はぁ。 でもおじいさんから「バスはたくさんあるからそのうち乗れるよ」と 慰められました。
どうして平日にこんな長い列が出来てるんだ?と疑問に思っていたら 平日じゃなかった…。 今日は清明節。お墓参りの日。 今年から中国は従来の大型連休を少し短くして 今まで休みじゃなかった清明節やら仲秋節やらを休みにしたことを忘れていました。 だって、子供は春休みだったんだもん。
順番待ちの間、ミニバスでの観光地ツアーの客引きが 大声で客を集めています。 「こっちならすぐ出発できるよー。こんなに並んでちゃ今日中に回れないよー」と。 まぁ、でもこっちは兵馬俑しか行くつもりがないので とりあえず、待つ待つ待つ…。 とりあえず1時間も待たずに乗れました。(←充分待った?) 游5のバス、片道7元なり。 1時間以上かかります。 途中、华清池(玄宗皇帝と楊貴妃が過ごした温泉保養地)や 秦始皇陵(秦の始皇帝陵墓、見た目は山っ!)などを通る観光路線です。 子供は膝に乗せるよう指示され、料金取られませんでした。 久々に膝に乗せたので、狭い狭い。 上海では普通、大人料金取られる身長で すでに膝に乗せるにはちょっときつい大きさになっていますが、 西安では一度もバス代取られなかった…。 途中乗車した人は席なしで立ってましたから やっぱり今日は兵馬俑のみで他は回るまいと誓います。
閑散期:大人65元、繁忙期:大人90元 本当は繁忙期だから90元のはずが、65元でした。しかも子供はタダ…。 バス乗降場から入場券売り場までがお土産屋がいっぱいでとても遠くて 入り口から兵馬俑のある建物までが、更に散歩できるほど遠かったです。 ちなみに入場券はかなり先進的なカード型で裏はブラザーミシンの広告でした♪ ちなみにこの建物は秦始皇帝文物陈列厅(と看板に書いてある)。→
铜车马(→)や武器などの埋蔵品や比較的状態の良い兵馬俑などが展示されています。 始皇帝が巡行するときに使っていた馬車を銅で再現したものらしく 本当に精巧に出来ています。本物の馬車の1/2の大きさだそうです。 兵馬俑も間近で見ることが出来、靴底までしっかり作られてるんです。 中国各地からたくさんの観光ツアーが来ていたので そのガイドさんたちの説明を聞きながら、子供に説明しました。 (現地に説明があるだろうと事前に勉強していかない親)
第一坑 ここ見ると映画「テラコッタ・ウォリア(古今大战秦俑情)」を思い出します。 ずらーっと並ぶ兵馬俑は圧巻です。 これは未だに発掘作業が終わっていないのもうなづけます。 長さ230メートル、幅62メートル。まだ半分以上未発掘…。 よくこれだけ作ったな…とあまりの規模のでかさに呆れます。 そういえば、これって秦の始皇帝陵の周りに作られた 始皇帝の死後の世界のための彼を守る兵士達。 なのに、始皇帝陵から結構距離があるんです。 (陵墓の1500メートル東側だって。) 全体っていったいどれくらいの規模があるのか…。 中国人って、ホント普通では考えられないようなことをやるよなーと思います。 お偉いさんが来ていたらしく、 一般見学通路の内側をぞろぞろと通っていました。 バラバラなカケラを再現しているところも 中で間近で見ていました。いいなー。
再現中の兵馬俑は、下手に人間と同じ大きさなので バラバラなのが、妙にリアルさを感じて 複雑な気持ちになります。 倒れてるのなんて 人の死体が倒れているみたいでちょっと嫌。 第二坑は第一坑の半分の広さ。あまり発掘されてなくてつまらなかったのか写真が無かった(汗)。
第三坑は 第一坑、第二坑と比べると 規模は小さいものの 総司令部隊にあたる兵士達がいる坑。 馬と人との間には本来戦車があり 4頭の馬に牽かれた戦車に 御者とその後ろに3人の兵士が 乗っている状態のようです。 右の人たちは、 指令を待っているのでしょうか?
だだっ広い兵馬俑。 半日かけて見学しましたが、 二十世紀最大の発見と言われるのも分かります。 とにかく、規模がものすごい。 よくもまぁ、これだけ作ろうと思ったものだと、その発想に驚きですし これを作るのにいったい何年かけて何人の人たちが駆り出されたのだろうと思います。
閉館時間ぎりぎりまで見て、 帰りはやっぱり満員のバスで帰りました。 高速の入り口が閉鎖されていたから、下道通って時間がかかったこと! (そして子供はやっぱり膝の上) ヒマなので列車のときのように子供にお墓の説明しようとしたら 嫌がられました。 代わりにトイレの説明をしてたら(中国の農村部ではトイレは家の外にある) やっぱり嫌がられました。 だって、それぐらいしか面白そうな風景が無かったんだもん。
*おまけ* 西安の街中で見かけたマネキンのお兄さん方。 髭を生やしたちょっとダンディなオジサマ…。 こっちはイケメンくん。「HEY!彼女~」 西安人、なかなか洒落が分かるようです。 9/26/2008 体验《中国铁道大纪行》!-敦煌至西安-行きは软卧(A級寝台)だったので、今度は硬卧(B級寝台)です。 たったの一泊(23時間47分)なので、子連れでも大丈夫でしょう。 私が寝台車で心配だったのは、長時間運行する列車のトイレで、 何日目かになると、足の踏み場もないくらいトイレが汚れていた経験があったので 子供なんて、免疫ないから絶対入れないだろうと思っていました。 トイレは長時間になればなるほど、 座席のグレードが低ければ低いほど汚れます。 なので一番最悪は硬座、硬卧なら長時間でなければまぁまぁ、 软卧だと使う人が少ないのとこまめに掃除してくれるので割ときれいです。
大人379元(下段)、子供264元(中段)でした。 硬卧は上・中・下の三段で、個室にはなっておらず 下段は昼間座席になるので、一番空間が広くて値段が高く 上段が一番狭いので一番値段も安くなっています。 個室ではないので、荷物は通路上の網棚か下段ベット下に置きます。 荷物を持ってベット横のはしごを上り、通路の上を渡して網棚に載せます。 なので、このとき通路に人がいるときは、荷物を落とさないようヒヤヒヤ~。 (软卧は上段ベットのドア側奥に荷物置き場があります) 洗面台やトイレ等も软卧とはグレードが違い、ごく普通のものです。 個室ではないので、一人旅のときは、誰と同室になるか分からない软卧より気楽です。 一人旅なら、私は上铺(上段ベット)が邪魔されず好きです。 上段から寝転がりながら通路側を覗くのが常ですが、今回は子連れなので下段・中段を取りました。
朝9:39、敦煌駅発なので、朝食を食べてホテルを出ます。 敦煌はもともと市内に駅がなく、柳園駅が一時は敦煌駅と改名していました。 空港もなかったので、有名な観光地にも関わらず列車か長距離バスしか移動手段がなく しかもその列車の駅は敦煌市から遠く、途中駅のためそこから乗るには座席確保が難しい場所でした。 (昔は列車の席予約がオンライン化されていなかったので発着駅以外の席確保が難しかった) それが今の敦煌は空港もでき、列車の駅も出来たので、非常に行きやすくなりました。 空港も小さくて飛行機も小さいので、預け荷物を拒否されることがあるという話ですけどね(笑) 敦煌駅は私が行ったときには新しくて立派な駅舎を建設中でしたが、 まだ出来ていなかったので、臨時の待合室でした。ローカル線の駅並みの待合室です。 この駅舎も2008年7月4日に完成し、使用が始まりました。 10865平米、三階建ての大きな駅です。 周りに砂漠以外、なーにもないところは相変わらずらしいですけど。
↑臨時の待合室。すっごくちゃっちい。 ↑建設中駅舎
なにせ小さな待合室で、列車に乗る人全員が一目で見渡せましたので 外国人旅行客がどう見ても私たち二人だけだということもすぐに分かりました。 …ていうか旅行客自体少なくて、地元民の利用者が多かったです。
列車が来て乗り込みましたが、私たちの車両は満席のようでした。 一人の人が多いらしく、おじさんばかり…。 私も子連れというせいもあり、「話しかけるな」オーラは出ていたと思いますが(笑) 昔なら、外国人が乗っていれば、おせっかいなくらい話しかけられたものですが 誰一人、私たちに興味ありげな人もなく…。 息子とずっと日本語で話していたので、話しかけやすい雰囲気ではなかったのかも。 なので、行きと同じくトランプ、お絵かき、折り紙を延々息子に付き合いやっていました。 (↑いい加減、嫌になって「お願いだから少し休ませて」と横になったりもしたけど)
そうそう一人だけ、我々に話しかけてきた人いましたよ。 それは私たちの車両の乗務員。 「おもちゃ、要らない?子供が喜ぶわよ~。」 見るとカゴいっぱいの露天で売っているようなおもちゃを持って、息子に売り込もうとしていました。 「不要!(いらない)」とほしそうな息子を尻目に断ります。
が、この後もこの乗務員が色々なものを売り込みに来る! 使い捨てスリッパ、柄が曲がって奥まで磨ける歯ブラシ、お土産やアクセサリー、瓶入りヨーグルト…。 いわゆる食料品を売る社内販売はワゴンを押しながら別に来ます。 それとは関係なく、乗務員の好みと判断で仕入れられたであろう品物をカゴを持って売りに来るのです。 昔はこんなの無かったぞ~。 隣の車両の乗務員室除いたら、床に同じようなカゴが置かれていたので どの乗務員もやっているのかも…。 社内販売に比べ売り方もかなり熱心だったので、あれは個人の利益になるのでしょう。 (通常の業務より熱心だった)
食事面ではお昼はカップラーメンを食べ、途中駅で下車してホームでお菓子を買って食べたりしましたが 夕飯は社内販売のお弁当(一つ10元)を購入。 列車のお弁当は今までの経験上、意外とイケます。 食堂車より美味しかったりします。 まぁ、白米はべちゃべちゃで美味しくないけどね。(←これは大抵どこでも) 中国系航空会社の機内食と比べると、こちらのほうが格段に美味しいです。 お弁当売りは何度か通りますが、最後には値段が下がったりします。 でも待ちすぎて売り切れになっても困るし、やはり出来立て暖かいほうが美味しいです。
車窓からの景色は敦煌からはずーっと砂漠でした。 途中、嘉峪关(万里の長城の関所、明代はここが最西端)も車窓から見えるんですよ。 (14:18に嘉峪関の駅到着) 前にウルムチから列車で帰るときに見た記憶があったので、昼間に通りたかったの! そこから伸びる北京と比べるととーってもちゃっちい土盛りのような長城も見れます。
車窓の景色はちょっと街みたいなのがあってもすぐにまた砂漠。 植物の緑なんてほとんど見えず、 あちこちに土饅頭(お墓)があるのが見えます。 しばらくうつらうつらとうたた寝しても、目覚めて見えるのは同じような景色ばかり。
そのうち暗くなりますが、窓の外は駅近辺以外は真っ暗なのでさっさと寝ることにします。 00:09に蘭州へ着くと、向かいの下段のおじさんが列車を降り 代わりに女性三人組の一人がその場所に来ました。 席がバラバラだったらしく、寝る支度をする間(ズボンを脱いでズボン下になったり 笑) 仲間で集まり、話をしていましたが、彼女らも就寝。
そして朝目覚めると車窓の外の景色は昨日までの景色とは一変。 田んぼがあちこちにあり、緑が広がり、花が咲いているのも分かります。 そして、あちこちのお墓の横で紙を燃やしていました。 そう、今日は清明節! お墓参りの日です。 去年までは休みではなかったのですが、 今年から清明節や中秋節などの伝統的行事が祝日になりました。 清明節には紙のお金を燃やして、あの世に届けてあげる習慣があります。 上海などの街中では、このような行事をなかなか見る機会がなかったのですが 今日はあちこちで見ることが出来、少し感動しました。 そして、お墓。 敦煌のほうと同じく土葬です。 でもお墓の下部は石かレンガのようなもので土台が作られていて きちんとした墓石が土の盛り上がった端(多分、頭側)にあり、 その反対側(多分、足側)には小さな半円状の穴が開いていました。 昨日見たお札を混ぜた土を盛っただけのお墓とは明らかに違います。 文化の違いもあるのでしょうが、経済的な理由もあるのかしら?
向かいの下段は、昨晩蘭州から乗ってきた女性3人組が 朝食替わりの小さなスポンジケーキを食べながら談笑していました。 どうも同じ会社に勤めているらしく、同僚女性の話などをしていました。 そして身支度を始め、化粧をしながら、今度は使っている化粧品の話をしています。 こういうの聞くと、どの世界も女性同士の話って変わらないなぁと思いますね(笑)
西安が近づいたので網棚の荷物を降ろし(通路際の席に座っていた男性が手伝ってくれました)
さすがに大きな駅で、人もたくさんいました。 朝食を食べていなかったので(朝の到着だから車内販売も来なかった)、 お腹が空いており、子供に何を食べたいか聞くと「マクドナルド!」との答え。 ずーっとこういうのを食べていなかったので食べたかったらしいです。 西安駅前にでっかくマクドナルドの看板出ていましたから。 敦煌はこういうの食べたくても選択肢がそもそも無かった! 全般的にあまり子供の口に合う料理もなかったので(辛いものが多くてそこでも選択肢がなかった) 子供は食事面で少し我慢していたようです。 マクドナルド内は朝からほぼ満席で、やっと席を見つけて朝食を食べました。 カウンターのお姉さん達が何故か揃いも揃って厚化粧でした。
マクドナルドを出て、西安駅前からおんぼろ二階建てバスでホテルへ向かいます。 9/17/2008 体验《中国铁道大纪行》!-鸣沙山-ホテルへ戻り、熱いシャワーを浴びて人心地ついたあとは、 出発が朝早かったこともあり、二度寝をしてしまいました。 午前中寝てしまい、お昼でも食べにさぁ出発!と思って準備していたら ベットの上が砂だらけ…。 よく見ると部屋のドアからベットにも砂がこぼれ落ちています。
朝、砂山に行ったせいだよなぁ…。 ベットの上の砂を払い、着ていた服をバサバサと振り 靴を逆さにひっくり返したら、 子供の靴の中の砂がじゅうたん上で小山になったので あわててゴミ箱の上で靴を逆さにしました。 ざーっと音を立てて落ちる砂…。 いったいどれだけ入ってるんだ?
気を取り直して、お昼を食べに。 前日の昼食も夕食もそれほど口に合うものがなかったので 唯一美味しかった「蘭州ラーメン」を食べに行こうとバスに乗って街へ出かけました。 ま、乗ったバスがお昼の時間帯だったためか、通常ルートと違う道を通って 降りたいバス停に行かず、慌ててバスを降りるというハプニングはあったものの 無事、昨日の朝に食べた蘭州ラーメン屋にて食事。 やはりこれが一番美味しい。 前日の教訓から今日は二人で大椀を食べました。 その後はホテルへ寄らずそのまま鳴沙山へ行くつもりでバスに乗ったら 行きと同じバスで、車掌の兄ちゃんとお互い顔を見合わせ笑ってしまいました。
鳴沙山に近づくと、まだ結構距離のあるところで 車両進入禁止(というか「入るなら駐車場代取るぞ」)区域だったので バスはそこまで。そこから歩きです。 道の両側にはお土産屋があったので、それなりに退屈せずに歩けました。 店の人たちは麻雀に明け暮れていて、全くやる気がなかったので こちらも色々煩わされず良かったです。 (↑この態度は多分今がオフシーズンで客がいないから)
ここに来たらラクダに乗らなきゃ! 「中国鉄道大紀行」で通訳の陳さんが履いていた真オレンジの靴カバーを借り それを靴の上から履いて、ラクダに乗ります。 ラクダ主のおじさん、息子、私とラクダ三頭連なり、「月の沙漠」へと出発です。 まず砂丘滑り場へ寄り、その後月牙泉を回って戻るコースです。 途中、「月の沙漠」を息子に歌って聞かせようとしましたが、 歌詞をすっかり忘れており、メロディーのみになりました。 でもメロディーだけじゃ彼は「何故ここでこの歌?」を思ったろうなぁ。 でも思わず歌いたくなるような雰囲気なんですよ。
まもなく砂丘滑り場へ到着。 砂丘の階段を登って頂上まで行き、木のそりを借りて滑るのですが オフシーズンだから、自分でそりを持って上がれば 何度でも好きなだけ滑っていいと聞き、俄然、張り切ります。 だって、これが敦煌での一番の楽しみだったんだもの!
ところが、この砂丘の階段が曲者! 砂丘にハシゴが置かれ、階段代わりになっているのですが、 あちこち砂に埋もれているので登っているとサラサラの砂で滑る!滑る! 元気な子供のほうは先に登っていってしまい、やっと砂丘を登り終えた私に 頂上でソリを管理(ソリを並べてその上で寝転がってだけど)していたおじさんが 「少し休んでから滑れ。」というのでお言葉に甘え休憩しようとしたものの 「ここからは四方全てが風景だ。写真を撮っとけ。」と やたら記念撮影することを勧めてくるし 果ては「撮ってやる」と私の姿も撮ってくれる(勿論、ポーズを要求される)。
↑砂丘の嶺。見渡す限り砂。 ↑月牙泉近くの砂丘滑り場。黒いのは登っている人々。
休んで落ち着いたのでやっと滑ります。 スピードに乗り、ソリはサラサラの砂の上を爽快に滑ります。 これは楽しい!
だけど、楽しいのはあっという間。 そのあとは再び階段登り。 しかも今度は木製のソリを持った状態! ソリといっても木製パレット(工場などでダンボール箱の下に敷いてあるすのこのようなもの)のような形状で 重いわ、持ちにくいわ…。 前回以上に疲れて、頂上でまたもや休憩タイム。 子供もさすがに三度目に登るときには 「誰かこれ持って上がってくれないかな~」と愚痴をこぼしています。 父がいれば、息子のソリも持って上がっていってくれたでしょうが 母は息子に対してそんなに甘くないので、 「自分が滑りたいんなら自分で持って上がんなさい。」と突き放します。
私が上で休んでいる間に、中国人のおじさん二人組が上がってきました。 上で写真を撮った後、「俺は滑らない」と言っています。 ソリ管理のおじさんは私たちを指し 「彼らだってさっき滑って、また登ってきたんだよ。怖くないから滑ってみなよ。」 「簡単だよ。彼女が滑るのを見て真似すればいい。」
あのさぁ、それって私に今、見本として滑れってこと?
息子は階段途中でバテているし、 どうも皆の視線を浴びていることを感じ居心地が悪くなって 仕方なく滑ることに(←このへんが自分は意志が弱いと常々感じる点)。 もうちょっと休みたかったんだけどな~。 私が滑ると、彼ら二人も真似して滑ってきました。 (さすがに彼らは一回で去っていったけど)
またまた重い木製ソリを持ち、階段途中で休憩中の息子に声をかけ 最後に一緒に滑ろうと階段を登りました。 二人で一滑りし、終了! 何度滑っても同じ金額なら、もっと滑りたかった気もするけど この「木製ソリを担いで砂に埋もれたハシゴを登る」という作業はこれ以上したくありませんでした。 そして、この砂丘滑りの間に、息子の靴カバーはずれまくり 靴カバーの中が砂でいっぱい。 これは靴の中も砂だらけだな。
下で完全に休憩モードに入っていたラクダ主のおじさんを起こし、 再び沙漠へ。 入り口前を通ってわりとすぐのところにラクダをつなぐ場所があり ラクダはそこまで。 そこからは遊歩道が出来ていて、月牙泉まで歩きます。 三日月状の月牙泉は3000年枯れたことのない天然の泉だそうです。 これぞまさに砂漠の中のオアシスですね。 ですが、近年の地下水くみ上げにより、 年々水深が浅くなり、泉の大きさが小さくなっているとのこと。 泉から少し離れた場所に古木があるのですが、昔は泉の脇にあったのだそうです。 それだけ、泉が小さくなってしまったということでしょう。 泉の近くでは泉の保護対策のためなのかな?工事をしていました。
昔は自由に入れたらしい泉の周りは、今は柵がめぐらされ人が近づけないようになっています。 月牙泉名物の五色沙(月牙泉三宝の一つ。赤、黄、緑、白、黒の五色の砂)が泉の周りにたくさんあり、 中国人観光客がペットボトルに詰めていました。(お土産でも売っている) ついでにトカゲ(马蛇鼠と呼ばれているらしい。蟾头沙蜥カエルアタマトカゲ?)も何匹かいました。 捕まえようとしたけど、足が速かった…(苦笑)。
月牙泉の横の砂丘には「登るな」という看板がいくつもあって そこに登って上から月牙泉の写真を撮ろうとした中国人団体観光客数名が警備員に注意され逆ギレ。 最後にはそのツアーのメンバー7人ほどが警備員一人を囲い文句を言っていました。 …うーん、いかにも田舎から出てきた風のツアー客でしたが、 こういうメジャーな観光地への旅行ではしゃいじゃっているんだろうけどねぇぇ。
再び遊歩道へ戻るとラクダのおじさんが待っていたので (…でも私たちが近づいても気づかず、前に立ち止まってやっと気づいた) そのままラクダに乗って戻り、鳴沙山ツアーは終了。 息子もかなり楽しんだようで、帰り惜しみをしていました。 その後、疲れているところをホテルまで30分ほど歩かせたので 眠たいのもあってすっごく機嫌が悪くなりましたが…。
でもこのホテルから続く道の向こうにそびえ立つ巨大な砂山-鳴沙山-は 本当に素晴らしい風景です。 どこまでも続く砂山は、自然の雄大さを感じさせてくれます。 この砂漠に囲まれた敦煌をいう街はオアシスのイメージそのもので 日常生活を忘れさせてくれる場所でした。
************************************************************************************************************ 鸣沙山:入場料80元(オフシーズン)、120元(オンシーズン) ラクダ全行程60元、靴カバー10元、砂丘滑り15元 8/15/2008 体验《中国铁道大纪行》!-沙漠城市敦煌-ホテルで休憩をしてから夕方に外に出ました。 ホテルの裏庭へ回れば、そこには視界いっぱいに広がる砂山… 鳴沙山です。 「沈みかけた太陽が陰影を作る夕暮れの鳴沙山は特に美しい」 というガイドブックの文に惹かれ、わざわざ鳴沙山の見えるホテルに泊まったのです。 夕暮れ時を見ずしてなんとする!
ホテルの裏庭はやたらとだだっ広く、 土が乾燥してひび割れていました。 それをひたすら割っては投げる息子。 何が楽しかったのか延々と続けていました。
敦煌は砂漠に囲まれた都市です。 街中には用水路のようなものも流れていて、濁った水が滔滔と流れています。 敦煌へ来る途中の道も、砂漠の中の一本道が延々と続き ときどき木々の立ち並ぶ集落が現れるといった感じです。 そのうちの一際大きな集落がこの敦煌なのでしょう。 街が発展する前は、きっと絵本で見るようなオアシスの風景だったのではないでしょうか。
土で地面を覆ったとしても、 このようなひび割れた大地になるのでしょう。 大きな道路の横には街路樹が植えられていますが よく見ると根元の細い管から水が出ています。 そうでもしないとこの土地では街路樹はあっという間に枯れてしまうのでしょう。 それなりのグレードのホテルでさえバスタブがないのは 水を貯めて入るという行為が この地ではとても贅沢なことだからかもしれません。
結局夜の8時近くになり、 太陽はかなり傾いているものの周りが暗くなるにはまだ時間がかかりそうだったので 夕食を食べにホテル内のレストランへ行くことにしました。 この日は結局20時半近くになってやっと外が暗くなりました。 西域にいるんだと感じます。
さて、翌日の朝も早起きしました。 朝6時には服を着こんで手袋をしてホテルのロビーへ。 当然、ロビーは暗く人気はありませんし、外は真っ暗です。
実はホテル主催の「鳴沙山で日の出を見ながら朝食ツアー!」に申し込みました。 夕暮れも素晴らしいらしいですが、日の出も美しいらしいです! 値段はかなり張りましたが(二人で960元くらいだった。鳴沙山の入場料込み)、 敦煌に来ることももう無いだろうし、砂山で朝食という機会もきっとこれっきり。 なんていったって、月の砂漠で日の出を見ながら朝食なんて ロマンたっぷりじゃないですか!
ホテルの人が、私たちのために防寒着と軍手を準備してくれていました。 外は零度の寒さですから。 砂漠は日が出ていないととても寒いです。 (そして日が出ると暑くなる)
…にしても、参加者らしいのが私と息子の二人のみ。 砂山まで向かうための交通手段はラクダです。 ホテル外で待っていると、バイクのおじさんに牽かれてラクダ登場! ただし一頭のみ。 「もしかして参加者、私と子供だけ?」 「そう。」 やっぱりシーズンオフです。 宿泊客もいないなーとは思っていましたが、ツアー参加者二人だけなんだ…。
子供と二人、ラクダの背に乗って、おじさんに牽かれ夜の街へ出発です。 (気分は夜だけど、本当は朝6時) 途中出勤に向かうらしい自転車ともすれ違いますが、それもたまーにです。 道をラクダに揺られてトクトク、トクトク…。 鳴沙山に向かう道を始めは歩いていましたが途中で曲がり小道に入りました。 その道沿いにはこじんまりとした、でもそれなりにきれいな造りの家が並び、 家の横にはラクダたちの小屋がありました。 そしてアンズの木が立ち並び、花がたくさん咲いていました。 きっと観光地として、ラクダを飼って観光客を乗せることで収入を得て 新しく家を建てたのだろうと思いました。
おじさんは何にも言わず、ひたすら歩きます。 朝の7時、歩き始めて1時間経ち、周りが少し明るくなりぼんやりと見えてきました。 「あと、どれくらいで着くのかなー?」とうとう耐え切れず聞いてみると 「もう少し」という返事。 結局それから30分かかりました。 おじさんの「もう少し」と私の「もう少し」は違ったようです。
農家の横の畑のあぜ道を通り、鳴沙山へ入ります。 (もちろん正規の入り口ではない) 砂山の中腹にはテントが張ってあり、テーブル・イスがセッティングされており ウエイターとウエイトレスが私たちを待っていました。 テントでは簡易燃料を使って、シェフがトーストや目玉焼きを作ってくれます。 これは…、あの値段でも仕方ないわ…。
えらく恐縮しながら給仕してもらい朝食を食べますが それにしても、寒い!!! ご飯食べるには手袋もはずさないといけないし。 暖かいお茶を飲み飲み朝食を食べましたが、 日の出はまだまだ…。 ご飯食べ終えると、やることないし、じっとしてると寒くてたまらない。
寒さに凍える私たちを見て、皆がそこらにある枯れ木を集めてくれました。 問題はそもそも木が少ないので枯れ木もないことなんだけど、 なんとか集めてたき木をしてくれます。 椅子を火のそばまで持ってきてくれたので、火に当たりながら日の出を待ちます。 火が燃え尽きそうになると、新たな枯れ木(時には生木)を求めて 下の民家のほうまで探しに行きます。
「もうすぐ太陽が出ますよ!」と言われ山のほうを見ると やっと日の出です。 朝8時過ぎていました。
見終わるとそそくさと帰る準備。 余韻に浸るより、早くホテルへ帰って熱いシャワーを浴びたかった…。 後片付けをするホテルの人たちとラクダを残して 帰りは車でホテルまで戻りました。
「日の出を見ながら朝食ツアー」 夏の暑い時期ならお薦めです!!! 7/16/2008 体验《中国铁道大纪行》!-敦煌莫高窟-今回宿泊するホテルは鸣沙山の近くにある敦煌山庄。 香港資本のえらくばか広い敷地のホテルです。 中には敦煌研究のため長期滞在する人用の专家楼やYHもあります。 なので、どう見ても「住んでいる」としか思えない家族連れの姿や バスケをしている学生達の姿も見ることができます。
中華風家具が配置された 可愛らしい部屋でした。 窓を開けると、遠くに鳴沙山が見えます。 バスタブは無かった…。 シャワールームが石張りだったので、子供が寒いと文句言ってたけど…。 タオルがやたら立派で、吸水が悪かったのが難点。 ビル・ゲイツやら董建華前香港特別行政区行政長官なども来たことがあるらしい…。 まぁ雰囲気のあるホテルですね。
ホテルのサービス自体は、非常に良かったです。 オフシーズンでヒマなせいもあるのか、どの従業員も丁寧で、 部屋の掃除も一日3回くらいされていました。
チェックインできるのは14時でしたが、朝8時半にはホテルに着いてしまい 荷物を預けて観光でもしようとフロントへ行ったところ 「今すぐ、お部屋をご用意できますよ。」と言ってくれたのでありがたくチェックイン。 何せ33時間の列車旅の後、朝も早かったし、なんだかんだ言っても疲れていたので シャワー浴びて、ちょっと休憩後に出かけることにしました。 9時半に再びフロントへ降り、さぁどこに行こうと思案。 子連れなので、今回の旅行ではあまり精力的に観光せずのんびり過ごしたいと考えていました。 フロントの人に、莫高窟の日本語ガイドの時間は何時か聞くと 電話で問い合わせてくれました。 「今は観光客が少ないので、いつ来てもいいそうです。」と言われ 「車はどうしますか?ご用意しましょうか?」との誘いに 疲れていたのもあってお願いしました。チャーター一日200元なり。 (白タクのおじちゃん、ごめんねー。)
運転手さんはこれまた丁寧な運転で、莫高窟まで向かってくれます。 途中、砂漠の中の道では、風に吹かれ道に砂がたまっていたり…。 また道の両側の砂漠地帯にたくさんの土まんじゅうが見えましたが お墓なんだそうです。ずっと昔からこの辺ではこうやって埋葬しているそう。 右の写真の白くブツブツ見えるものが全部お墓です。 このお墓は農家の脇や道沿いなど至るところにありました。 使っていなさそうな土地、有り余ってるもんなぁ…。 土まんじゅうにお札らしき白い紙を混ぜ込んであったりするので、 近くで見れば、確かにお墓だなぁと分かります。 墓石のあるお墓は見かけませんでした。 (黄土高原あたりになると同じ土まんじゅうでも墓石がある。)
莫高窟に行く途中には、壁に穴の空いた石窟が見えました。 莫高窟以外にも観光地化されていないものがまだまだあるのでしょう。
駐車場に車を置いて、チケットを購入。 莫高窟:大人80元+外国語ガイド料20元、1.4m以下無料。(オフシーズン料金) 4月1日(観光した日)からはオンシーズン料金のはずですが 何故かオフシーズン料金だったのでありがたく安い値段で見ました。 運転手さんに「日本語ガイドってどこに申し込むんですか?」と聞くと 「日本語ガイドいるんですか?」との返答。 いりますよ、でないと子供のためにずっと通訳しなきゃならないじゃん。 中国人の場合は80元で中国語ガイドが付きます。 外国人でも中国語ガイドでいいなら安くなったかどうかは不明。
運転手さんに問い合わせてもらい、 (途中、知り合いの運転手仲間などに挨拶をしていたので何度か来ているのでしょう) 今来るから入り口で待っててとのことなので、 まずは入り口まで行き、「中は撮影禁止なので、外側から写真を撮っておくといい」とアドバイスを受け 早速、有名な96号窟(35mの仏像がある)の外観を撮影。 戻ってくると日本語ガイドさんが来ていました。 大学卒業したばかりのお嬢さんで、美人でしたが日本語はちょっとたどたどしいかな。 まずは大量のお経が見つかり、全世界に敦煌の名を知らしめた藏经洞(17号窟)。 その後別の石窟を見に行くときにガイドさんに連絡が入り、 新たに二人の中年日本人男性が加わりました。(どの石窟だったかメモし忘れ不明) そして323号窟、428号窟、259号窟、244洞窟、237号窟、96号窟、130号窟、148号窟の計10窟を見学。 基本的には、一人10窟を見学できるそうです。 どこになるかは、そのときの運次第。 実際、このときも団体客でいっぱいでガイドさんが見るのを諦め別の石窟の案内をしてくれたところもありました。 ガイドさんの説明は、アクセントが間違っていたり、言葉に詰まったり言い直したりで、それほど上手くはなく、 それに加え、仏教用語が多いのでそちら方面に詳しくない私は、想像力を駆使しながら説明を聞いていました。 私は普段から忍耐強く聞いてあげるほうではないので…。(←自分の語学力については棚上げ) でも説明がある分、興味深く見学は出来ます。 ガイドさんの日本語だけでは子供には分かりにくいので、更に簡易な日本語で子供に説明。 子供がいなけりゃ、もっと色々質問もしてゆっくり見たんだろうけど、 子連れなので 子供を飽きさせるわけにもいかず…。
なにせ子供のほうは、敦煌にも莫高窟にも興味がない状態で(そりゃそうだ) 暗い石窟の中、懐中電灯の明かりを照らしてもらいながらの説明、 壁画や仏像も彼にとっては見て楽しいよりも、むしろ少し怖い存在。 極めつけは下から見上げる馬鹿でかい仏像(35mと26m)に 棺桶型の石窟に安置された巨大涅槃像ですっかり怖がってしまいました。 この時の体験がトラウマになったのか、 その後も仏像等の見物はすべて「怖い」と近づきたがりません。
でもね…、敦煌と西安旅行って仏教文化を見に行くようなもんだと思うのよね…。
私たちが10窟見た後は、ガイドさんが後からきた二人(途中から加わったので9窟しか見ていない)に 「一番向こうに蔵経洞があるから自分達で見てください」と言い残しガイド終わり。 おいおい、彼らには説明なしですか? 莫高窟は基本的には洞は鍵をかけられているので自由に見られません。 外だったらいくらでも好きにうろついて良いといわれても、外側だけじゃねぇ。
莫高窟見学が予定外に早く終わってしまったため、 車の中で昼寝中の運転手さんを起こし、昼食を取れる場所に連れて行ってもらうことに。
ところが 「今日は停電だから街中のお店はやっていないと思う。」 「ホテルのレストランでご飯食べたほうがいいんじゃない?」 と運転手さんから意欲を殺ぐような言葉。
それでもめげずに「敦煌黄面を食べたい。地図に載っているこのお店に行きたいんだけど」 というと、その場所は車が入れない道なので、 近くまで行って店がやっているか見てきてあげると言ってくれました。 戻ってきた運転手さん曰く、店に自家発電があるので営業中だとのことで早速行くことに。
敦煌黄麺の店では席につくなり、何人前だ?唐辛子は?となまりの強い早口で言われ あたふたしながら、一人前・唐辛子なしを注文。 何斤だ?と言われ「麺の量?多すぎだろ?」と思い(一斤は500g) 「子供と二人だからあまり食べられない」というと「じゃあ半斤(250g)ね」と。
しばらくするとドカっとロバ肉の塩茹でとタレ、唐辛子ミソがおかれました。 これは麺に含まれているのか?と疑問に思いながらも どのテーブルの客も食べているので食べることに…。 例の半斤はこのロバ肉の量だった模様。 味はまぁまぁでした。特別美味しいわけじゃないけど。 ロバは肉自体、割りとあっさりした味で脂っこくない牛肉みたいなので そんなにハズレはないです。 この塩茹でもビーフジャーキーを思い出させる味でした。
が、黄麺がなかなか来ない。 見てても他のテーブルも来ていないので出来ていないのかな…と思いしばらく待つと (結構混んでいる店で、どうやら皆、ロバ肉食べながら麺待ち) おばちゃんが目の前にどかっと置いてくれました。 湯気が上がる茹でたての黄色い麺に 野菜や肉を賽の目に切ったものが入ったあんかけが載っていました。 ただ山盛り。 二人前頼まなくて良かったよ。 麺と一緒に麺の茹で汁もお茶代わりに出されました。 味はそれほど辛くは無かったので(でも全く辛味がないわけでもなかった) 子供でもなんとか少しは食べられました。 私も頑張って食べたけど…、何せ量が多すぎ。 それとなぁ…、麺がなぁ…、茹でた後水でしめるのは中国では無理なお願いだと思うけど せめて茹で汁をしっかり切ってくれるとこんなにねちゃねちゃしないんじゃないかと思うんだけど。 冷えるに従って、出てくる麺の粘りが私はどうにもダメで途中でギブアップしました。
待ってくれてた車まで行き、ホテルへ。 この車は一日チャーターだから、ホントは丸一日色々連れて行ってもらったほうが元が取れるけど 子供も疲れて眠たがっているし、私もさすがに疲れていたのでホテルで休憩することにしました。 4/13/2008 体验《中国铁道大纪行》!-柳园→敦煌-朝6時過ぎに着いた柳園の駅、 まだ日の出前、真っ暗闇の中です。 この時期の敦煌の気温は-2度~10度。 この時間なら間違いなく零下で子供は「寒い寒い」と泣きが入っています。 この柳園駅から敦煌市内までは車で二時間、130kmの距離です。 以前は敦煌最寄り駅というとこの柳園しかなかったのですが、 今は市内に近い場所に敦煌駅(新客站)も出来ています。 敦煌の飛行場の近くです。 ただ、敦煌駅からの列車も敦煌の飛行場からの飛行機も 本数が少なく、西安や蘭州、ウルムチ行き等しかありません。 (飛行機は夏場のシーズン時には上海などからも出るらしい)
事前情報によれば、柳園駅からは敦煌市内行きバスがあるはず… と思っていたら、駅出口を出た途端、おじさんが「敦煌行くんだろ?」と さっさと私たちのトランクを持って自分の車に運んでいってしまいました。 慌てて後を追いかけ、おじさんがトランクを自分の荷台に入れようとするときに やっと値段を聞きます。 「40元」 「二人で?」 「そうだ。」 二人で40元ならそんなに高くないか…。 周りを見渡しても、真っ暗すぎてどれが敦煌行きバスか分からないし きっと乗り心地も良くないだろうし…。 後部座席に乗り込むと、助手席と後部座席にそれぞれ先客。 「これって敦煌市区に行くんだよね?」 と後部座席の先客に聞くと「そうだ。お前はいくらって言われた?」 「40元」 「俺は地元の人間なのに40元だった。以前は30元だったのに…。随分敦煌にも来てないからな…。」 「バスもあるんでしょ?」 「あるはずだ。一人25元だろ。」 ん~、このおじさんの話からすると、白タクのおじさん、ぼったくってるわけじゃなさそう。 白タクのおじさんは、うちの子供は私の膝に乗せるつもりで、 もう一つ空いた座席に誰か乗せようと探しに行っていましたが 誰も見つからなかったようで、戻ってきました。 列車を降りた人自体、少なかったからな…。
出発して駅出口ですぐに車を止め、私に聞く。「後ろ、狭くないだろ?」「うん」 「本当は4人から40元ずつでやっとトントンなんだ。 なのに列車から降りたのはもういなくて、もう一人乗せられなかった。 後ろの座席、ゆったりと座れるんだから、二人で80元払えよ。」 「えー、だったら私、ずっとこの子抱いて座るわよ。」 「分かった、なら二人で70元でどうだ。10元おまけしてやる。」 「なら子供料金、半額にして60元にしてよ。」 「それじゃあ元が取れない。」 バスはこの時間だし、降りてみてもあるかどうか分からない。 乗り心地の点ではバスよりこの車のほうがはるかにいいし、速いだろう。 70元かぁ、130kmだしな。妥当な線かも。 「分かった、分かった。70元でいいから出発して。」 駅を出て、道路を走り出すと、子供は朝早かったし、車の中は暖房が利いていたので すぐに寝てしまいました。
おじさんは私に話しかけます。 「お前、上海人だろ?見た目ですぐ分かるぞ。 上海じゃあタクシー代も高いから、130km乗ったら70元じゃすまないだろ? 安いもんじゃないか。」 上海からの列車だったからね。上海人だと思っているんなら思わせとこう。 日本人だと分かると、更に値段吹っかけられるかもしれないし。 「お前の子供か?二人で何しに来たんだ?」 「旅行だよ。」 「じゃあホテルはどこだ?どこまで乗せればいい?」
実は今回のホテル、街中ではなく、ちょっと郊外の敦煌山庄にしていました。 敦煌では割と高級な部類のホテルです。 街中から、更にバスでちょっと行くんだよな…。 敦煌山庄までは送ってもらうと追加料金取られそうだし お腹空いたから、街中で朝食食べてから バスでホテル行って(チェックイン時間前なので)荷物預けて観光しようと思ってたんだよな…。
「敦煌山庄」 「は?なんであんな郊外のホテルにしたんだ?金は払ったのか?」 もう、いいじゃーん。HP見て泊まってみたかったからそこにしたんだよ。 お金はフロントで払うことになってるけど、払ってないというと別のホテル紹介されそうだよな…。 すると隣の乗客が「ホテル予約してるんだから、もう払ってるだろ。」と言うので 「そうそう、もう払ってあるよ。」と答えます。←嘘ばっかり。 「一泊いくらだ?」 「知らない。旦那が手配したから。」←大嘘。手配は全部私。旦那はこのホテルの場所も値段も知らない。 「じゃあどこまで乗せてけばいいんだ?」 「朝食食べたいから、どっか朝食食べられる場所に停めてよ。」
私があんまり話したがらないのを察したのか、 私に話しかけるのは止めて隣の乗客と話を始めました。 隣の乗客は上海から戻ってきたらしく、上海の物価がいかに高いかを力説していました。 まあね、上海は中国国内でもずば抜けて物価の高い場所。 こんな敦煌の田舎街出身者から見れば、信じられないくらいの物価だろう。 バス代が上海は二元もするって文句言ってるけど、 二元なんて上海の他の値段に比べればものすごく良心的に抑えられている値段だよね。 普段、上海に暮らしてると気付かないけど、他都市に行くと上海の物価高がよく分かります。 お正月、香港行ったときにはさすがに「香港高っ!」と思ったけど。 ↑香港は食事代高くて、お札がどんどんなくなってった。
7時を過ぎて、ようやく空が白み始めました。 今まで対向車もほとんどなく、周りに人家や建物らしきものも全くなく ひたすら真っ直ぐに走っているので どこ走ってるんだろうと思っていましたが、 ようやく周りの景色がぼんやりと見え出すと、今走っている道って…
思いっきり砂漠の中の一本道。
見渡す限り、なーんにもなく、右側も左側も地平線が見えます。 迷いようがない道だな…。 途中でちょっと目覚めた子供が窓の外見て「うわっ!」って驚いてました。 周りが砂漠でびっくりしたんだって。(又寝たけど)
そんな景色が変わり映えの無い道を走るのに飽きたのか おじさんが「火持ってるか?」と聞いてきます。 「ないよ。」と答えたら「火持ってないなら、何か歌え。眠くなってきた。」だって。 「冗談!」と言ったら、今度は「観光はどうするんだ?車は?」と聞いてきました。 「ホテルの人に聞いてみるよ。」と言うと 「ホテルなんて高いに決まってる。俺なら一日貸切りで160元だぞ。 あとで名刺渡すから、連絡してこい。」って。
道の周りは、小さな集落が現れたり、電信柱が現れたりと 段々、街に近づいてきている雰囲気です。 8時前にやっと敦煌の街に到着。 蘭州ラーメンの店が3軒ほど並んでいる通りに車を止め 「この辺はどの店も美味しいから。 あと敦煌山庄に行く3番のバス停はそこだからそこでバスを待つといいよ。」 となりの乗客は「でも一番手前がやっぱり一番美味しい。」とアドバイス。 おじさんにお金を払い名刺を渡して分かれました。 あんまり疑って悪かったかな。結構いいおじさんでした。
中医院のバス停そばにある蘭州ラーメン屋に入ると 出勤前、登校前に朝食を食べている客でいっぱい。 蘭州ラーメンは手打ち麺だから麺も美味しいし、そんなにはずれはないです。 二人分の空き席を見つけ、子供を座らせてから老板娘(店のおばちゃん)に注文。 小椀3元、大椀3.5元でしたが、子供が食べられないことを心配し 小椀一杯、唐辛子なしで(唐辛子は注文時にオーダー)。 牛肉、ネギ、大根の入ったシンプルなラーメンでした。 小さなお椀を頼むと、スープと薬味を入れた状態で持ってきてくれました。 気が利く~。 見ると、小さなお椀に麺を分けてもらいお父さんと食べている女の子など 何人もいます(小さな子なのに、唐辛子で真っ赤のラーメンをすすっている子も)。 子供をシェアして食べたら、美味しかったらしくもっとくれとねだるので、私の分が少なくなりました。
そこから鳴沙山行きの3番バスに乗り、ホテルへ向かいます。 ミニバスで料金は一人1元、後払いです。 街中にはあちこちにピンクの花が咲いています。 アンズの花です。敦煌のアンズは有名です。 5分も走ると街から出てしまい、向こうのほうに砂山が見え出しました。 10分ほどでホテル前まで着いたので、 運転手に言ってバスを停めてもらいお金を払って降りました。 4/11/2008 体验《中国铁道大纪行》!-上海至柳园乘软卧-中国で寝台車に乗るのは結婚前以来なので12年ぶりくらいでしょうか。 以前は出発地でないと列車は席を確保するのが難しかったため 万が一を考え、かなり余裕を持った応用の利く日程で旅の計画を立てていました。 オンライン化の進んだ今は、 10日前に上海でも別の地域発の列車の切符が簡単に買えるようになり 昔の切符を買うのに苦労した経験のある身としてはありがたい限りです。 今回乗る軟臥は上下の寝台が二つ向かい合わせにある 4人部屋のコンパートメントです。 ベット幅は約70cm、寝台も比較的柔らかく、 枕元には夜間灯もあり、室内灯も自分達で操作できます。 (軟臥以外は、時間になると消灯となる) 個室は中から鍵をかけられ、メインキーは担当の列車員が持っています。 誰と相室か分からないので、その点は心配なんですけどね。 (おじさん二人組みとの相室なんかちょっとヤダ) ただそれなりの客層が乗るので、その点は安心かな。 テーブル下にはコンセントもあり、携帯の充電も出来ました。
トイレは洋式でトイレットペーパーや使い捨て便座シートも準備されていますし、 (品質はあまりよくないが、あるだけでもまし) 掃除も比較的頻繁にしてくれます。 軟臥→硬臥→硬座の順にトイレのランクが下がり 使う人のマナーも低くなるので、 長時間の場合は最低でも硬臥以上でないと耐えられなくなります。 (硬座は寝台なしの直角椅子なので、その点でも長時間は辛い) 33時間だったので、やはり安心してトイレを使えそうな軟臥にしました。 この特快のトイレは航空機のトイレのようにシュッと中に吸い込まれるタイプ。 昔は汚物垂れ流しだったから、停車中や駅付近ではトイレ使用禁止(鍵を閉められる)だったのにねぇと 中国の列車のトイレの進化に驚いてたら、快速は昔のままの垂れ流しだったので ちょっとがっかりしました。 上海駅から乗りますが、軟臥なので、软座候车室(軟座・軟臥用待合室)で列車を待ちます。 30分前にはアナウンスがあり、改札が始まります。 軟座待合室の場合はエスカレーター下のお姉さんが改札員です。 改札が始まったら、指定されたホームへ向かいます。 途中から硬臥や硬座の人たちと一緒になり、ホームで待つ列車に乗り込みます。 切符に書かれた車両に行き、乗り口にいる列車員に切符を渡し 代わりにプラスチックで出来たカード(换票证)を受け取ります。これが列車に乗っている間の切符代わりです。 カードには座席番号が書かれていますので、大切に保管しましょう。 列車員は受け取った切符から乗客の降車駅を確認し、降車駅が近づくと乗客に知らせてくれますので、 そのときにプラスチックのカードと切符を交換します。
軟臥では身分証明書の確認もあります。 硬臥ではなかったんですけどね。乗客が多いからかもしれません。
私個人の考えですが、長距離列車に乗る場合のポイントは「食べ物の確保」と「暇つぶし」だと思っています。 暇つぶしグッズ: 自分用には本、子供用にトランプと折り紙、他おもちゃ類を準備させました。 トランプと折り紙は大活躍。 トランプの遊び(それも二人で楽しめるもの。大富豪やっても相手のカードが全て分かっちゃう)と 折り紙の折り方をあまり覚えていなかったので、何度もおなじものをやりましたが…。 自分の本は…読みたかったんですけどね、子供の相手で読む暇があまりありませんでした。 本当は窓の外の風景をぼーっと眺めるのも好きだし、うたた寝も好きですが 「お母さーん」と呼ばれ、相手をさせられたので…。 こういうとき兄弟いると子供同士で遊んでくれるから楽よね…。
食べ物の確保: 寝台車はしょっちゅう車内販売があります。 が、軟臥はコンパートメントなため、ドアを閉めてしまうと外の様子が分からない。 お弁当やおつまみ、カップラーメンを売りに来ても、気付かなかったり、はるか先に行ってたり…。 そろそろだな…というときにドアを10cmほど開けとくという手もありますが、 通りかかったとき、タイミングよくドアを開けても何を売りに来たかドアを開けるまで分からないので 「何か要るの?」と聞かれて、自分の予想と違うものを売りに来てた場合もちょっと困る。 夜発の列車なので、夜は食べてから乗り、 次の日の朝は持参したキュウリとトマト(家でしっかり洗浄済み)、ミカンを食べ 昼は食堂車で食事、夜はカップラーメンとなりました。 マイカップも持参していたので、持参したティーバックやカップスープ飲んだり。 はっきり言ってカップラーメンばかりの食事は厭きます。 キュウリやトマトなど洗えば丸かじり出来るような野菜は便利だし、さっぱりしてて良いです。 果物は果物ナイフ持参ならリンゴやスイカ、メロンなどもいけますが、 無い場合はミカン等、ナイフなしで食べられるものを。(家でしっかり洗ってきたリンゴ丸かじりもOK) 食堂車は食事時になると案内のアナウンスがかかり、メニューも放送してくれます。 載せている食材に限りがあるので、大したメニューがあるわけではありませんが…。 町食堂並みのメニューで値段はそれなりで若干高め。 食堂車が空いてしばらくすると麺を出してくれるので、そのアナウンスがあってから食堂車に行きました。 ウルムチ鉄路局らしく、手打ちのラグメン(ウイグル風ラーメン)で美味しかったです。 (この列車はウルムチ行きなのでウルムチ鉄路局の管轄、行き先、走行場所により管轄が違う) ウイグル人の乗客も食べていました。 (…実は私は中国の白ご飯が嫌いなので、外食の場合なるべく避けます。) 大きな駅では長く停まるので、ホームの売店に食べ物などを買いに行くこともできます。 そういう乗客目当てにたくさんの販売用ワゴンが並んでますから。
私たちのコンパートメントですが、結局同室の人は乗ってこず 私たち二人だけで使うことができました。 おかげで室内で折り紙の手裏剣投げや紙飛行機飛ばしをしてかなり自由に遊べました。
列車は南京(23:37)ではすでに30分遅れ、結局最後まで遅れたままでした。 昼間は西安(翌11:52)から宝鸡(翌13:35)、天水(翌15:09)、兰州(翌18:42)と黄土高原を通ります。 途中、窑洞(ヤオトン)という洞窟式住居をいくつも見ることが出来ました。
軟臥に乗っていた外国人は見たところ、私と息子のみ。 (駅の待合室にはバックパッカーの欧米系女性一人いましたが、別の列車だったよう) 二日目の夜に同じ軟臥の親子連れの赤ちゃんと息子が仲良くなり 息子が赤ちゃんを抱えて廊下をうろうろする間にお父さんが私たちの個室に話に来ました。 息子に聞いても「日本人」以外の答えが返ってこないしね。 (うちの息子は「何国人か?」以外の質問は全く聞き取れなかったから) お父さんのほうは、私が話しているのを聞いたときには外国人と思わなかったらしいのだが 息子に話しかけても分からなかったので、外国人と分かったらしい。 その一家は、知り合いがいるドイツに研修に行き(経済を学びに行くと言っていた)、 そのあと一緒に商売をしようと誘われているので、 ドイツに行く前に奥さんの実家がある武威に挨拶に行くのだと言っていました。 旦那さんのほうは上海人、夫婦ともかなり若くまだ20代だと思います。 旦那さんは「大学のとき、日本語勉強しようと思ったけど、全然覚えられなかった。」と言い 「上海も不景気だから、奥さんも大学卒業後なかなか職が見つからなかったんだ。」とのことなので 二人とも大卒、旦那さんのお姉さんは今日本に住んでいるそうです。 彼らの降りる武威(翌22:05)は次の駅だったので、途中で奥さんに呼ばれ部屋に戻りました。
携帯の目覚ましを4:30にセットしていましたが、ほどなくして列車員が起こしに来ました。 「柳園に着くのは時刻通りなの?」と聞くとそうだと答えますが、 絶対遅れたままだろうなーと思いながらも、子供も起こして準備していたら、案の定遅れたままでした。 5:52到着予定でしたが、30分遅れで到着。 真っ暗な中、出站口(駅出口)へ向かい、出口で駅員に切符を見せて、 駅員に切符を破って無効にしてもらい、駅の外に出ました。 4/10/2008 体验《中国铁道大纪行》!-我们要去哪儿?-春休み、1週間ほど息子と二人旅をしてきました。
今回の旅のテーマは「『関口知宏の中国鉄道大紀行』を体験してみよう!」です。 息子がファンで、「中国の鉄道に乗ってみたーい」と言うもんで…。
たしかに最近は飛行機での旅ばかりで鉄道には乗っていなかった。 息子が乗ったことがある鉄道は上海→蘇州の軟座(グリーン車)二時間のみです。
では、どこへ行こうか? 上海から乗換えなしで行ける場所で、 車中泊できる距離、 比較的安全で、母子旅行でも問題がなさそうな場所、 そして歴史等全く興味のない子供が少しは楽しめそうな場所。
そうやって決まったのが「敦煌」でした。 だって鳴沙山で砂滑りがしたかったんだもん!
早速列車を調べます。
T52/T53(空调特快) ウルムチ行き 上海10:48発、柳園翌々日5:52着 所要時間:33時間4分、距離:3252km 软卧:上铺608元(儿童票)、下铺904元(成人票) コンパートメントのA級寝台です。 下のベットのほうが値段が高いです。 子供料金は乗車券分が半額になります。(寝台料金はそのまま)
行きは列車、帰りは飛行機で~と考えていたら オフシーズンの現在、敦煌→上海の直行便は飛んでおらず 西安や蘭州経由になるとのこと。 どうせ経由になるなら、そこでも滞在して観光しちゃえ!と 見るところの多そうな西安経由に。
飛行機の値段を調べると、本数が少ないせいか 敦煌→西安は正規料金しか見つかりません。1680元なり。高っ!!
ならばここも列車にして、軟臥(A級寝台)と硬臥(B級寝台)の両方を体験させてやろう! K592(空调快速) 西安行き 敦煌 9:39発、西安 翌日9:26着 所要時間:23時間47分、距離:1809km
硬卧:中铺264元(儿童票)、下铺379元(成人票) B級寝台は仕切りなしで、上・中・下と寝台が分かれています。 下のほうが高く、上が一番安いです。 中铺は大人料金なら367元、軟臥だと558元、硬座は208元です。
列車の切符は通常10日前から発売されます。 オンライン化の進んだ今は、列車の出発地でなくともチケットの購入が出来るようになりました。 (昔は出発地以外では席がなかなか取れず、車内で車掌に頼んで席が空いたら寝台券などを購入をしていました) 近所の切符売り場にて手数料5元でチケット購入。
列車の切符が確保できたら、宿の予約と帰りの飛行機を予約します。 最近は中国もEチケットが多くなってきて、カード支払い、配達なし(メールで手配書送付)で手配しました。
3/30:夜、上海発ウルムチ行きの列車に乗る 3/31:終日列車内 4/01:朝、柳園到着、そのまま敦煌まで移動、観光 4/02:敦煌観光 4/03:朝、敦煌発西安行きの列車に乗る 4/04:朝、西安到着、観光 4/05:西安観光 4/06:朝、西安発上海行きの飛行機で上海へ戻り
旅行前の一週間、日本に帰っていましたので(その間パソコンが使えない) 日本から戻った当日(3/29)、手配の最終確認をし、 翌日の夜の列車でいよいよ出発です。
5/16/2006 五一去沙巴-超市篇-旅行先でスーパーに行くのが好きです。 どんなものを売っているのか確かめるのが好きなんです。 主婦だから?
旦那や子供も好きですけどね。 彼らは買い物籠に「それここじゃなくても買えるよね?」というものを どんどん入れてくるので要注意です。 しかも2人で結託するし。
マレーシアでもスーパーに行きましたが それほど目新たしいものはなかったなーというのが印象。 …中国で売っているものが多いんですよね。 以前、シンガポールに行ったときにスーパーで見かけたものともほぼ一緒だし。 でもマレー語表示は可愛かったです。 マレー語って響きがカワイイのです。 ice coffee→kopi ais とか…。 ね、なんかカワイイでしょ?
味を全て確認したら記事を書く予定でしたが、 なかなか食べる勇気が沸いてこないので、とりあえず記事をアップします。 味見したら、追加記事を書く予定。 (いつ食べるんだろう???)
5/9/2006 五一去沙巴-观光篇-コタキナバルは山あり、海あり。
楽しんでまいりました。 中3日だけだったのが残念、もっと居たかった~。 きっと又行くと思います。
……他のマレーシアの都市はどんな感じなんでしょうね?
5/6/2006 五一去沙巴-介绍篇-コタキナバルから戻りました~。 天国のようでした。
マレーシアにロングステイする人が増えているという話も聞きましたが 分かる気がします。 旦那と2人「老後、こういうところで過ごしてもいいよね」と話しました。
4/29/2006 五一去沙巴-准备篇-もうすぐ5月1日の五一劳动节です。 今年の休日は5月1日~7日までの7日間。 我が家はこの休みを利用し、マレーシアのコタ・キナバルへ旅行の予定。
準備編:
というわけで行ってきます。 日焼けしないよう、気をつけなきゃ。
11/25/2005 印象最深的旅游——内蒙古草原——昔の旅の思い出です。 たまたま先日、「一番印象深かった旅行は?」という話が出て、思い出したもので…。
私にとって一番印象深い旅、それは内モンゴルです。 時は1993年の夏(多分。昔すぎて覚えてない)。
内モンゴルに旅行に行った理由はとても簡単でした。 私はもともと少数民族文化が好きで少数民族地域を選んで旅行するようなところがあったのですが 内モンゴル・シリンホトへ行った友人が「良かったよー」と言ったので行くことにしました。 観光地化されたところより自然のままの草原も満喫したかったし。 まずは省都呼和浩特(フフホト)、そしてバスで锡林浩特(シリンホト)へ。
行ってみて感じたのは… ……あんまり面白くない……。 街中にはそれほどモンゴル族の姿はなく単なる田舎町という印象でした。 この時点で私は友人を少し恨みました。 ついでに友人が話してくれた旅の思い出を思い出しました。
シリンホトはなんにもないけど、その無さ加減が良かった。 そこで知り合ったモンゴル族に家に招待され、ずっとその人の家で過ごした。 外国人が入っちゃいけない地域だから親戚ということにして 近所の人たちにも紹介された。
そうだよ、彼女が良かったと思ったのはモンゴル族の家で過ごせたからじゃん。 (ちなみに彼女はその人たちと別れたあと別の場所で 公安に外国人立ち入り禁止区域にいたということで捕まって罰金払わされた。 罰金の金額は値段交渉でまけてもらったらしい) すっごい田舎だし街の周りは草原だけど、本当に草原しかないし、 なんかつまんないなーと思っていたら 町一番の高級ホテル(町で唯一外国人が泊まれるおんぼろホテル)のレストランで たまたま知り合い一緒に食事した日本人旅行者からお誘いを受けました。
あさって近くの村でナダムがあるので一緒に行かないか、と。
ナダムとはモンゴル族の祭りのことです。 このナダムでは競馬やモンゴル相撲も披露されます。 まだ朝青龍が出ていない頃、日本人にはモンゴル相撲の知名度は低かったのですが なにせ私は「少数民族おたく」だったのでナダムやモンゴル相撲のことは知識をとして知っていました。 見たい見たい見たい~!
彼はその日、その場所まで下見に行ったそうで、あさっての朝からナダムが始まるので 明日の夜、その村で一泊すれば朝早くから出かけられる…と提案。 次の日、荷物をホテルに預け、小さなリュックだけを持ち 日本人3人で出かけることにしました。
まず街のバスターミナルからバスに乗ります。 彼が運転手に目的地の町を告げると運転手が首を縦に振り乗るように促します。 バスはボロボロの路線バス。 草原の中の一本道をバスは行きます。 途中、曲がり道がありましたが、バスは真っ直ぐに行きます。 彼が「あれ?」と言った顔をしました。 「昨日はさっきの道曲がったような気がするんだけど、このバス、その村行きだって言ってしたな…」 そしてしばらくバスは進んでやはり彼が「おかしい」と言いはじめました。 「やっぱりさっきの道だ。」 慌ててバスの運転手に聞くとこのバスは村と同名の別の場所に行くバスでした。 「なんだ、お前達○○村に行くつもりだったのか?だったらここで降りて反対方向のバスに乗り 曲がり道でバスを乗り換えな。」 バスを止めてもらい、すぐに降ります。 降りたのは私たちだけでなく、やはりナダムを見に行こうとしていたモンゴル族の青年2人もいました。 地元の人も乗り間違えるんじゃ、私たちが間違えても仕方ないよ。
その場所でバスを降りましたが反対方向のバスはなかなか来ません。 なにせ草原の中の一本道。 見えるのは草原と遥か向こうに続く狭い道路と遠くに並んでいる電信柱です。
モンゴル族の青年2人、草原のほうを向き二人で話し合っています。 「大体、40分くらいかな」 おいおい、草原に向かって歩き始めちゃったよ。
置いていかれた形の日本人3人、話し合います。 「40分って言ってたよね?歩いていけるってこと?」 「バスも来ないし、彼ら道知ってそうだし、付いて行ってみる?」 日本人3人、慌ててモンゴル族青年達の跡を追います。
そして草原を歩くんですが、モンゴル族青年達との距離がどんどん開いていきます。 一所懸命歩いているつもりなんですが、草原って思ったより歩きづらいんです。 草だって全然柔らかくなくて硬くて、足に当たって痛いし。 モンゴル族青年達、とうとう地平線の彼方に消えました。
さーって困ったぞ。 もと来た道もすでに遥か向こう。引き返すのも嫌だな。 とにかくモンゴル族青年達の消えた方向に歩きます。
でも歩いても歩いてもひたすら草原。 目印になるもの全くなし。
そのうち小川が行く手を遮ります。 でも彼らが消えたのこの方向だし、もと来た道はすでに見えないし 超えるしかない。 1人目なんとか飛び越えられました。 2人目、着地に失敗。岸の泥に足を取られ川に落ちました。 それを見た3人目の私は、靴脱いで川を渡りました。
川に落ちたことでますます気分は落ち込みます。 もう随分歩いてるけど、村どころか家一軒ありません。 私たち、もしかしてここで迷子になってる???
でもここにずっといても誰かが通る気配もないし、どうしようもない。 歩かなきゃ。
足取りも重く、草原を歩きます。 疲れたし、日がだんだん落ちてきています。
でもそこに天の恵み! 羊の群れがいました! この羊はどう見ても放牧されている。…ということは人がいるってこと! 周囲を見渡すといました!羊飼いのおばさんです。 そのおばさんに中国語で村はどこか聞きますが分かったような分からないような顔。 うう…、中国語通じないか? ナダムに誘った彼がカタコトのモンゴル語で村の名前と「ナダム」と言います。 羊飼いのおばさんが向こうのほうを指差しました。 指差した方向には何にも見えないけど、それしか手がかりはないし、 とにかく行ってみよう。
おばさんの指差した方向にまたもや歩き始めた3人。 すると行く先に家が現れたのです。やった! 生きてこの草原から出られるとマジに感謝しました。
家に近づいていくと、家から丁度3頭の馬が走っていくのが見えます。 後ろの2頭の馬に乗っているのは…あのモンゴル族青年じゃん! やっぱりこの方向で合ってたんだ!やっと追いついたよ! (相手は馬に乗って走り去っちゃったけど)
家にやっと着き、「有人吗?」(誰かいますか?)と声をかけると 家の向こう側から日に焼けたおばさんが出てきました。 しかもこの人、中国語が通じるよ。 おばさんに事情を説明、家の中に招かれ椅子に座ります。 おばさんが入れてくれた奶茶(ミルクティー)はモンゴル族の飲み物で 塩味でしたが、前日にレストランで飲んで「まずい」と思ったのに 今は喉が渇いているせいか、とても美味しく感じました。
「なんで外国人がこんなところにいるの?ここは外国人立ち入り禁止区域だよ。」 「道に迷って…。モンゴル族の男の人が2人一緒にバス降りたんだけど彼らの後を追って行ったら見失っちゃって…。」 「彼らならさっき来たよ。うちの娘と一緒にナダムの会場に行ったよ。」 「でも中国語分かるんですね?さっき羊飼いのおばさんと話したら中国語が分からないみたいだったから。」 「私は漢族だから。彼女はモンゴル族なんだよ。うちの羊も見てもらってる。もうすぐここにも来るよ。」
家の外に立てかけてあるはしごに登るとナダムの行われる村とそこへ続く道が見えました。 おばさんにお礼を言い、今度は道に沿って歩きます。 (だって私たち馬乗れないし 笑)
しばらく歩くとやっとナダムの行われる村に着きました。 日はもう傾きかけています。 旅社の看板が出ている家に泊まる手配をして近くの食堂で食事。 街を出発したのは午前中でしたが、昼ご飯も食べずにずーっと歩き続けていました。 疲れて食事もあまり喉を通らず、 旅社のゴザをひいたベット(というか土間)に他の中国人と一緒にごろ寝しました。 勿論この旅社は宿泊登記もなければシャワー、トイレもありません。(寝るだけ)
次の日は待ちに待ったナダム祭り。 たくさんの人が見に来ていました。 モンゴルの服を着た人たちがトラクターに乗って入場、その次は馬、そして人。 競馬や弓などの競技もあり、一番の目的であるモンゴル相撲も見ました。
でも実は3人ともなんだか白けていたのです。 昨日の経験が大変すぎてもうナダムなんかどうでもいいような気分になっていました。 とりあえずそれでもモンゴル相撲は見なきゃとそこまでは頑張ったのですが 見終わった後、誰それとなく「帰りますか。」 まだまだバスで続々人が訪れている中、帰りのバスに乗りさっさと帰ってしまいました。 (帰りのバスはこの辺で一番大きな街行きなので迷わなかった)
なんだか何しに行ったんだかよく分からなかったナダム見学でしたが とにかく草原だけは満喫しました。 そして街に帰って「草原はもういいや」と次の日その街を出てしまいました。
……結局、道に迷いに行っただけじゃん……。
後日談: 街に戻り、ホテルの部屋の件(他地域では大丈夫だったことで)でホテル従業員と喧嘩になり 見物人がたくさん集まりました。 次の日、バスターミナルでナダムに誘った彼は外国人だということで フフホト行きバスの切符は売ってもらえず エレンホト(二连浩特)までしか売ってもらえず(他の地域にはそんな規定はない) そこまで行ってモンゴルから来る列車(当然、無座)に乗り帰ることになりました。 私と連れは中国人の振りして赤峰までのバスの切符を購入、 赤峰に行きましたが、またもや外国人にバスの切符は売れない攻撃に遭い (これも喧嘩になり見物人がたくさん集まった。これほど喧嘩ばかりした旅も珍しい。) 列車の窓口は昼過ぎにしか開かないし、散々でした。 (喧嘩を見ていて同情してくれたおじさんに頼んで買ってもらった) おかげで「内モンゴル」というとこれらの思い出が走馬灯のように蘇り 行きたくない場所としてインプットされてしまいました。 フフホトで外国人向け草原ツアーに参加した人の話では「面白かったよー」とのことなので 下手に「観光地じゃない草原を!」などとは考えないほうが良いようです。
10/18/2005 北京——街头风景——北京の街中を色々歩きました。その間胡同めぐりツアーのおじさんたちがうるさかったこと!
歩くって言ってるのにずーっと付いてきて説明をしていました。
でも是非乗ってみたい!という方はそこらへんに山ほどいますのでご安心を。
写真も撮りましたのでちょっとご紹介~。
1.公共厕所
公衆トイレです。北京らしい門構え。
2.その公共厕所の入り口に張られた張り紙
「糞尿タンクがいっぱいで汲み取り出来ず、使用できません。ご了承ください」
水洗じゃないんでしょうか?
3-4.鼓楼近くの胡同
8の写真の方は国旗掲げています。適当にひっかけているだけなので途中で落ちました。
5.后海沿いの家。
かなり立派なので多分幹部か何かの家でしょう。入り口両脇に对联、上にも縁起の良い言葉が書かれています。
6.虎出没注意
日本では「熊出没注意」のステッカーはよく車に貼っていますね。
7.鼓楼
中では30分後とに太鼓を叩くイベントが行われています。待っている間うちの子はみやげ物売りの店員におもちゃにされていました(笑)
8.鼓楼にあった兵马俑レプリカ
9.鼓楼へ登る階段
上から見下ろした図。自分の足元も見え辛い急な階段で、段の真ん中が磨り減り滑りやすくなってます。
10.鼓楼から景山公园を望む
北京の町は上から見ると故宮を中心にまっすぐに道が続いているのが分かります。鼓楼から景山公園に続く道は地安门外大街。
11.钟楼
鼓楼のすぐ裏、北側にある鐘楼。
12.四合院
鼓楼から見下ろしたもの。庭ではおじいさんが何か食べていました。
13.鼓楼と前海の間にあった土産物通り
14.郭沫若故居の庭にあった置物
郭沫若は九大医学部卒の作家。全人代常務副委員長も務めていました。高級住宅街にある広い庭を持つ家からもいい暮らしぶりだったのが分かります。
15.北京市少年宫
景山公園一角にあります。獅子が皆の記念撮影の人気者になっていました。
16.景山公园万春亭から望む
景山公園内の山に登りました。遠くに見えるのは鼓楼。
17.故宫
景山公園万春亭から見た故宮。神武門側ですから裏側の内廷に近いほうになります。
18.北海公园白塔
北海という人口湖に浮かぶ島に立てられたチベット仏教様式の仏塔。
19.故宫神武门
「故宫博物馆」の題字は郭沫若によるもの。故宮見学を終えた人でいっぱいです。
20.景山公园
なぜか古装(昔の衣装)を着た人がたくさんいてカメラマンが撮影をしていました。
21.王府井天主教堂
王府井にある教会。…っていうか前からあったっけ?
22.王府井
分かりづらいと思いますが、二本の高い鉄塔が建っておりそこからゴムが伸びて球形の籠に繋がっています。その籠に人が乗り込むとゴムがビヨヨヨーンと空高く籠を跳ね上げます。お一人様120元(別途保険料必要)。挑戦者があまりいなかったのは値段が高いせい?怖いせい?
23.新东安市场老北京一条街
王府井にある新東安市場というデパート地下一階にある観光客向けみやげ物屋通り。老舗の支店から中国土産、全然関係ないおもちゃまで色々売っています。中国屋台料理を集めた食堂あり。
24.建国门外大街のアパート
取り壊される予定なのでしょう。「拆」の字が書かれています。エアコンをつけている家庭、少ないですね。上海ほど夏も蒸し暑くないし(充分暑いですけどね)冬は「暖气」(お湯による暖房)入っているから必要性があまりないのかも。上海だと古いアパートでもずらーっと室外機並んでますから。
25.同じく取り壊し予定らしいアパート
皆さん談笑中。中国ではこういう外に出てのご近所付き合いが多いですね。外と中の境界が低いのでしょう。
26.「老舍故居」前の胡同
老舎とは中国の有名な庶民派の作家で、文革時期に紅衛兵の迫害を受け自殺した人です。北京の下町を舞台とした作品を多く残しています。王府井の近くに旧居があります。
この時期、国慶節なので国旗をかかげた家がたくさんありました。
27.「北京市百货大楼」前
王府井の繁華街にあるデパートです。開店50周年のようです。派手に飾り付けられていました。前の広場では休憩中の人多数。皆座り込んでます。食べたり飲んだりしている人も…。
10/15/2005 北京——不到长城非好汉,不吃烤鸭真遗憾——どこへ行っても私の最大の興味は食べることです。
北京で食べたものの紹介。
食べることが好きな割りに食べ物の写真がいつも少ないのは
出てくるとすぐに「待ってました!」とばかり食べ始め
食べ終わってから写真撮り忘れたのに気付くため。
食い意地がはってるだけか…
北京烤鸭
北京に来たら誰もが食べる北京ダック。
今回食べた店は「大董烤鸭店」というところ。
ここは老舗の店ではありませんが、あっさり北京ダックということで近頃人気とのこと。
市中心部からは少し離れています。农展馆や团结湖、バーがたくさんある三里屯の近くです。
道を挟んで向かいには兆龙饭店があります。
夜は結構混んでいて入り口付近にはたくさんの人が待っています。
店はそれほど広くないのですが、お客さんは多く入っています。
中にはおっきなケーキ持ち込んで誕生パーティやっているテーブルも…。
店の雰囲気はちょっと上品な感じです。
ダックは半羽はなく、一羽売りのみ。
ただし小さめのダックなので大人2人で食べきれる量でした。
まぁ他の料理は少なめに注文しましたが。
一羽98元。
上海の物価から考えると安いです。
上海の「鸭王」は一羽168元だった。
それを目の前で皮のみ、皮と肉部分、首の肉、頭…という風に切り分けます。
それを荷叶饼に包み、白髪葱やキュウリ、赤大根の千切りなどをのせ味噌を付けて頂きます。
全聚德や便宜坊、鸭王で食べたことがありますが、
それらよりあっさりしています。脂っこくない。
皮もパリパリでオーブンで焼いたような感じ。
私も若かりし時は脂っこいものを食べても平気でしたが
年とってあっさり好みになっているので食べやすかったです。
あと、美味しかったのが皮にグラニュー糖をつけて食べる方法!
砂糖の甘さと一緒に口の中ですっととろける様な感じ。
この食べ方は古い文献に載っていたんだそうです。
ここでは他にもダック肉のスープinオレンジカップを食べたのですが
これもオレンジの爽やかさで何杯もいけそう。
一人分ずつの注文なのでお代わりはしませんでしたが。
ここは又来て食べたいなぁ…。
大董烤鸭店
朝阳区团结湖北口3号楼(长虹桥东南侧)
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涮羊肉
昔読んだ「李香蘭私の半生」に彼女が北京ホームステイ時代、
家族で涮羊肉を食べに行くのが楽しみだったと書かれていました。
その店はもちろん、老舗「东来顺饭庄」。
私も行ってきました。
もともとの店はちゃんと一軒家だったのですが、本店が王府井再開発のためか
新东安市场に入っていました。
うーん、ちょっと現代化されちゃってるなー。
18時丁度位に行って見たらすでに行列。
でも思ったより早く順番回ってきました。客の回転はいいらしい。
店員に勧められた2人前セットメニューを注文。186元だったかな。
涮羊肉は羊肉のシャブシャブで煙突のついた涮羊肉用鍋で羊の薄切り肉をシャブシャブして
ゴマダレをつけて頂きます。
野菜や春雨、高野豆腐などもシャブシャブして食べます。
あっさりしているので結構な量でも割と食べられちゃいます。
羊大好き~!
純粋に涮羊肉を楽しみたいなら、余計なサイドメニューがついてくるセットメニューより
一品一品注文したほうがいいと思います。
私はつけあわせで出てきたニンニクの甘酢漬けをバクバク食べていました。
これ、昔大連にいた頃、好きでよく市場で買って食べてたのよ~。
ラッキョウの甘酢漬けに似た味と食感でちょっと辛味があります。
あと絶対に忘れてはならないのがダシの出たスープ!
ゴマダレを少し溶かして飲みます。
ん~幸せ!
今はチェーン店化しており北京市内に全部で36店舗あるらしいし
上海にも思南路×淮海中路にあるようです。
行ったとき丁度キャンペーン中だったらしく、羊のぬいぐるみもらいました。
东来顺饭庄新东安总店
东城区王府井大街138号新东安大厦5层
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烧麦
天安門広場見た後、ご飯食べようと前門あたりをうろついてました。
そしたら「都一处」があるじゃん。
老舗のシュウマイ屋です。
「でも昔来たのとなんか店の感じが違わない?」と旦那に聞くと
「俺はここ初めて来たぞ。誰か別のやつと勘違いしてないか?」
大汗。
三鲜烧麦と莲子粥(ハスの実入りおかゆ)を注文。
シュウマイって中国では案外食べないんですよね。
飲茶のときくらい…。
神奈川在住時代のほうがよく食べていたかも。
ここのは蒸篭に10個くらい入ってきますし、一個が大きい。
充分、主食になります。
値段も安くて一人分10元くらい。
感覚としては上海の安い店で小籠包食べるような感じかしら?
日本のものよりちょっと脂が多い気がしますが、美味しく食べられます。
それより私はハスの実粥の方が気に入って…。
砂糖少し入れて食べるとデザート感覚。
旦那はそれほど美味しいとは感じなかったようですが。
店内には観光客っぽい人もいましたが、結構地元っぽいお年よりもいました。
都一处烧麦馆前门店
崇文区前门大街36号
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冰糖葫芦
りんご飴のようなもの。
一番一般的なのはサンザシで、長い棒に何個も刺してあって飴がけされています。
でも今のはミカンとか葡萄とかが刺さったやつもある。
ハルビンで食べた白い飴のようなものの飴がけも美味しかったなぁ。(甘いけど)
冬が近づくと出てきます。夏は飴が溶けるんでしょうね。
オーソドックスなサンザシを食べます。
まさによく売っている山楂饼(サンザシのお菓子)のような味。
パリパリのべっ甲飴が美味しい。
生のサンザシって結構酸っぱいんだけど、飴がけだから酸っぱさと甘さで美味しくなるんでしょうね。
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酸牛奶
北京に行ったときは东单で毎回買っていた瓶入りヨーグルト。
蜂蜜入りで大連で売っていた瓶入りヨーグルトより甘くてマイルドな味で
とっても好きでした。
あれ、もう売ってないよなー、と街中で探していたら…あった!
冷蔵庫に入っているところを探して早速飲む。
美味しいー!なつかしの味!
諦めていたから、飲むことが出来て本当に嬉しい!
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奶酪
今回初めて食べました。
街中でよく売っているんですよ。気になって気になって…。
梅园乳品店というチェーン店があったのでそこに入ってウインドウにあるのを注文。
お椀に入っていてオリジナル、レモン、葡萄、カスタード、松の実、コーヒー、紫芋…
色んな味があります。
味は酸味のないヨーグルト?超柔らかい牛乳プリン?
でも美味しかったです。
店の説明を読むとどうやらもともと宮廷で出されていてデザートのようです。
ほかにも色んな中華式乳製品が売っていましたよ。
お腹もっと空いていればもう少し色々食べられたのに…。
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番外:狗不理包子
狗不理包子は超有名な天津の肉まんです。
たまたま適当にお昼を食べるのにこの店が目に入りました。
でもさー、ここ北京じゃん。なんでここで天津名物食べるの~?
という私の抗議に対し、旦那は
「でもお前この先、天津行くと思うか?」
天津は北京から列車で二時間、別に大きな観光名所はありません。
天津に住む日本人に天津の良いところを聞いたとき帰ってきた答えは
「北京が近いところ」
だったら、北京のほうがいいじゃん~と当時の私は思いました。
このさき…、天津に行くことはないだろうな、多分。
それに昔、天津で食べた狗不理包子は美味しかった。
まっ、いいか。
中に入るとそこは小さな町の食堂。
メニューもセットしかないし。
偽物?
でも横の壁には点心師のデカデカとした写真。
本当に本当の天津の狗不理包子の支店?
で、食べました。
評価:今まで食べた肉まんの中で一番まずかった。
旦那曰く、「狗不理って確かどこかの企業に買収されなかったっけ?
昔食べたやつと同じのなんてもうないんだよ」
だったら、誘うなよ(怒)
狗不理包子王府井店
东城区王府井百货大楼南门对面
10/13/2005 北京——万里长城——もともとは秦の始皇帝が各地にあった長城を一つにつなげた要塞、万里の長城。
主なものは明の時代に作られたもの。 地上最大の建築物であり、東は河北省山海关から西は甘肃省嘉峪关まで続きます。 ちなみに山海関は海に突き出た関所で、嘉峪関は砂漠の中にある関所。 この嘉峪関の方は見たことがある…といっても、列車の窓からだけど。 まず前門にある北京旅遊集散中心で八达岭ツアーを申し込みました。 往復バス代、入場料込みで80元。現地で2時間半滞在します。 ここには他にも「八达岭+定陵+お弁当付ツアー」や 「居庸关+定陵+お弁当付ツアー」がありました。
定陵は明の十三陵の一つで、居庸関は八達嶺の手前にある万里の長城の関所です。 ここ以外にも色々な場所からツアーやバスが出ています。 バスは結構満杯です。
観光バスなので普通のバスよりかなりきれいなのですが 座席と座席の間隔が狭い。 体格いいときつそうです。 エアコンの吹き出し口が壊れていて、寒いのにエアコンが止められず 半袖に薄手の上着でとても寒かったです。 バスの中では延々とガイドさんの話が続いていました。
「故宮には行きましたか?部屋数はいくつあるか知っていますか? 見たんだったらそれくらい知らないとだめですよ。 会社の電話番号は××××××××です。 このバスのナンバーは××××です。ちゃんとメモするか携帯に保存してくださいね。 同じバスがたくさん並んでいるから分からなくなりますよ。 今の時刻は××:××です。ちゃんと合わせておいてください。 集合時間に間に合わないと自力で北京に帰らなくてはなりません。 このツアーのバッチです。なくしたら3元払ってくださいね。後で回収します。 はーい、万里の長城の入場券を配りますよー。 現時では二時間半自由時間があります。北京に戻るのは大体×時頃です。 (徳勝門の横を通って皆そちらを見る) 大事な話なんですからちゃんと注意して聞きなさい。 そんな門くらい北京にはたくさんあります。 ○○門、○○門、○○門……。」 高速乗ってもしばらく続いていたと思います。 そのうちやっとガイドの話が終わり眠ることが出来ました。 マイクの音量大きいからうるさいんだもん…。 しばらくすると再びガイドの説明。
丁度、居庸関の横を通っていました。 そこから居庸関の説明。 そのうち八达岭陵园の横を通りそこの説明。 「万里の長城ではよく落っこちてなくなる人がいるけど、 万里の長城で亡くなるとここに入れてもらえる」とか…。 ……入れてもらいたくはないです……。 そして「長城には『滑道』があり、それに乗ると一番高い場所まですぐに行ける。
歩きだけでは時間が足りないから行けない。 入場券とは別で往復60元、券売場は混むから私がまとめて買ってあげます。」 滑道とはなんぞや?
万里の長城にロープウェーがあるのは知っていました。
中国語では索道のはずだけど、それのことかな? 買う人が案外少なかったんで様子見することにしました。 (でもバスには学割券持っている人が多かったので学生でお金があまりなかったのかもしれない) そのうちバスが進まなくなりました。
渋滞です。 バスや車が何台も連なっています。 「このままでは時間がなくなるので万里の長城はすぐそこですから歩いていきます」 とガイドさんが言いました。
皆、続々降りてガイドさんに付いて歩きます。 外は……すごく寒かった。 よーく考えりゃ、ここって山じゃん。 ガイドさんどんどん歩き、「××番のツアーの人、急ぎなさい」と急かすのですが うちは一応子連れで寝起きの子供は機嫌が悪い上に寒がる。 しかも…、全然着かないじゃん。 途中は物売りのおばちゃんが山ほどいて、果物やパン、水を売っていました。
上で買うと高いよ、と言っていますが、こんなところで買う水は危ない。 中身が水道水の可能性も大なので、買いません。水は一番ごまかしやすい。 昔、北京でミネラルウォーター買った時、ちゃんと封もしていてしかも凍っていたのですが その氷のなかには虫も一緒に凍っていました。 旦那も昔買ったミネラルウォーターがどぶ水の匂いがして捨てた経験があります。 なので2人とも「こういう水は危ない」とインプットされていて買う気が起こりません。 路上駐車の車もいて、それが更にバスの進行を邪魔します。
ツアーバスなら乗客が途中で降りても運転手が駐車場までバスを入れますが 自家用車だと車運転する人まで降りてしまうのでその辺に路駐ということになります。 脇には看板があって、「電線を盗むと厳刑です」とあります。
中国では銅が高く売れるので銅線で出来ている電線盗難がよくあります。 特に田舎では多いです。 …そうか、万里の長城って電線の盗難があるような場所なんだ…。 結局15分以上は確実に歩いてようやく入り口に着きました。
滑道のチケット売場もそこにあったのでガイドさんに一緒に買ってもらいます。 「滑道の入り口はあっちだから」とガイドさんが指差した方向を見ると そこには写真付きの看板が…。
ローラーコースター?
恐るべし、世界遺産。こんなものもあるのか…。
とりあえず上へ登る前にトイレに行っておきます。
上のトイレはどんな状態なのかかなり怪しいからです。 下手すると水洗じゃない可能性もあるし。 トイレはまともそうな場所であらかじめ行っておく、というのが 中国旅行での鉄則です。 …しかし、ここのトイレも……(+_+)
ふもとの公衆トイレ、確かに水洗でしたが使う人は田舎から出てきた観光客が多かった。
入ったトイレにはしっかり大きいのがありました。 なんで私が流さないといけないんだ、と不満に思いながらも水を流す。 長時間そこにあったためか水量が足りなかったためか流れない。 別の個室も似たようなものだろうとあきらめます。 中国に再びやってきて半年、 でも上海という中国では大都会でマナーも格段に他の都市より良い場所での生活だったので 正直、中国にいるという感覚が鈍くなってきていました。 しかし、昔とった杵柄か、ここにきて今の上海では役に立たない中国における知識(注意事項)が どんどん頭の中によみがえります。 昼時なので上へ登る前に先に食事をすることにしました。
食堂が何軒かあるため覗いてみますが…、 旦那と顔を見合わせ、「ここは止めたほうがいいよね?」 2人とも危なそうなものをかぎ分けるレーダーが研ぎ澄まされてきている状態です。 やっと少しましそうな店があり、中に入ると 中国の学食方式…というか、街中のお弁当屋のような感じのおかずがトレーに入れられ それをおかずを入れる場所の分かれたステンレスプレート(お子様ランチのプレートのような形状)に いれてもらうような感じでした。
絶対に美味しくないことだけは自信を持って断言出来ます。 「……私、あっちのカップラーメンの方がいいんだけど……」
レストラン手前の売店でカップラーメンを売っていてその場でお湯を入れてくれ 食べることの出来るスペースもあります。
家族3人意見が一致し、お昼はカップラーメンに。 お湯は沸かしたものをタンクに入れ、そこから出すようになっていたので(保温機能なし) 正直、カップラーメンには少し温度が足りませんでした。 それでも、どう見ても私にはこれ(カップラーメン)の方が安全で美味しい食事に思えます。 ふもとの食堂で食事をとる人は少なく、皆持参した果物やパン、お菓子を食べています。
そう、こういうところに来るなら食べ物は持参すべきだったのです。 やっぱり上海生活でボケてきてるよー。 上海ならその場で買うなり食べるなりしても全然問題ないもん。 (注:北京でも街中ならそれで問題ないはずです) でも中国の特に田舎の人はお腹がすくことを極端に嫌がるので 彼らはどこへ行くにも食べ物を大量に持参していますが…。
さて、いよいよローラーコースターに乗ります。
奥にある熊乐园に入って更に奥へ進むと左手に乗り場があります。 この熊楽園、ツキノワグマがいて餌をねだります。 反対側はずらーっと土産物屋です。 長城グッズもありますが、 関係なさそうな毛皮の帽子や満族女性の髪飾りカチューシャなども売っています。
またあちこちで登城証明書を作る場所がありました。
長城に登る前の場所ですから、パソコンで合成したり、写真をバックにして
万里の長城に登った写真を作るんですけど…。
それって、登らなくても証明書作れるじゃん。
スピーカーから「*红太阳~!」と大音量で流れています。 (*紅太陽とは毛沢東を讃える歌) ローラーコースターは一つずつ分かれていました。 子供は親が抱っこ。 それで遊園地のローラーコースターが頂上に上るときのようにコンベアチェーンで上まで上がります。 上まで上がるとそこからはいよいよ万里の長城。
付近の山々に延々と長城が連なっています。 長城自体は平坦ではなく、かなりの急な坂があったり階段があったり。 確かにこれをここに人力で作っていったというのはすごいことだと思います。 「*孟姜女」の話に代表されるようにこれを作るために多くの人が亡くなったのでしょう。 (*孟姜女とは中国の民話で万里の長城建設に夫がかり出され、孟姜女が帰ってこない夫に冬着を送ろうと夫を探しに行き、すでに夫が死んでいたことを知る。孟姜女が泣くと万里の長城が崩れて夫の白骨が土から出てきたという話) 長城には塀に銃を撃つための穴が開いています。 反対側には排水溝もあります。 しかし、人が多い。あちこちで記念撮影。
それも景色が良い場所で写真を撮ろうとするあまり 長城の塀に登って撮ろうとしたりする。 …だから落っこちる人がいるんだね…。 それに長城の通路の端では休憩中の人も多数。
大抵皆何かを食べています。。 見ると袋一杯にお菓子や食べ物を入れて持ってきています。 ハイキング感覚なのでしょうか? どんどん高いところへ、向かって登ろうとするが途中で渋滞、
全く動かなくなってしまいました。 前にあるのは長城の途中にある見張り台兼兵士宿舎。 少しずつ人の波が動き出しやっとその見張り台に入るとき渋滞の理由発見。 通路が狭くなっていて、一人が通れるくらいの広さしかないのです。
そういえばここは要塞。
こうすれば敵も侵入しにくいというわけですね。
兵士宿舎も兼ねていたはずですが
結構狭くてご飯や就寝時はどうしていたのだろうと色々想像してしまいます。
見張り台を抜ければ又広い通路。
そしてしばらくいくと又見張り台。 でも今度の見張り台では通り抜けが出来ずそれから先は危険なので進入禁止になっていました。
向こう側にある一番高い場所に行くには一旦下に下りて頂上の横の道を通るとのこと。
そういえば見張り台手前の下へ向かう階段に「頂上へはこちら」と書いてあった…。
でもそちらへ向かう人がほとんどいなかったので行かなかったのですが。
行き止まりで引き返す人たちは皆ぶつぶつ言いながら元着た道を戻り
その階段へ向かいます。
が、私たちは集合時間も心配なのでそのまま長城を降りることにしました。
ロープウェーだと頂上までもっと楽に行けるようでしたよ。
集合時間には実はまだ若干余裕があったのですが
早めに降りようと決めたわけは
長城で頻繁に流れていたアナウンスのせいでした。
「安徽から来た○○さん、△△さん、すぐに集合場所まで戻りなさい」
ウルムチから来た人も呼び出されていました。
色んなところから来てるなー。
でも極めつけはやはりこれ
「湖南から来た○○さん、自分で北京に戻って人民病院前の△△旅館へ行きなさい」
絶対に集合時間に遅れないようにしよう、と旦那と誓いましたとも!
さて、帰りのローラーコースター。
こちらは下りになるので自然の重力にまかせ下へ降りる模様。
行きは一つずつばらばらで上っていったコースターの連結部分を
杭のようなもので次々連結します。
一番前のコースターはミッキーもどきの顔なぞ付いていてブレーキ付。
係員が乗り込みます。
ところが連結作業のタイミングがずれ、
前が詰まっている状態で後ろのコースターがどんどん来てしまい
後ろのコースター次々に脱線…。
旦那が一言。「俺達、危険な代物に乗ろうとしていないか?」
最後には後ろから来るコースター とコースターの間に脱線したコースターをどんどん入れ
無事レールにコースターが戻っていましたが…。
そして私たちの順番が来て乗り込みます。
ビューンと下までひとっ飛び♪
傾斜はそれほどなくブレーキで速度調節しているので
そんなにスピードが出るわけではありませんが、
やはり風を切って降りていくのは気持ちいいし結構面白い。
期待以上に満足♪♪
子供も「又乗りたーい!」と喜んでましたが
又上に行くのはねぇ…(片道30元だし)。
旦那も子供も無事「好汉」になれました。
これ、色々な万里の長城を次々制覇したくなる気持ち分かるなぁ。
次はさて…、どこに登りましょうかね。
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小白の七拍子でノリノリ!!に1987年の万里の長城八達嶺の写真が載っています。
撮った場所は若干違うと思いますが
比べてみると楽しいかも 10/9/2005 北京——天安门广场——北京観光に訪れた人が多分必ず行く場所、天安門広場です。
その天安門広場、とにかく広い。
そしていつも人だかり。
更に国慶節のせいでまさに「人山人海」。
おのぼりさんもたくさーん、あちらこちらで写真撮影の場所取りです。
この天安門広場はとにかく広い。縦880m、横500m。
昔友人と縦断にかかる時間を計ったら徒歩15分だった。(長安街から前門まで)
北に天安门、そのすぐ前に长安街というだだっ広い道路、
東に中国国家博物馆、西に人民大会堂、南に前门、
広場内には英雄纪念碑と毛泽东纪念堂。
そうそうたる建築物が並んでいる。
とりあえず写真の説明。
1.天安門。
これ見ると「中国来たー!」という実感が沸いてきます。
56年前の10月1日に毛沢東がこの門に上がり建国を宣言した場所。
紫禁城(故宮)の正面玄関。
正面には毛沢東の肖像画が飾られているが、国慶節前には新しいものと交換されるので
写真のものは取り替えたばかりの新品ということになる。
毛沢東肖像画専門の画家が描いているそうである。
2.人民大会堂
広場側からでなく、西長安街のほうから撮影。
いわゆる国会議事堂。
3.毛沢東紀念堂
毛沢東の遺体が展示されている場所。
でも毛沢東って確か生前火葬を奨励していたはず…。
彼も自分の死体がこのような形で保存、公開されているとは思っても見なかったでしょう。
無料のため、公開時間帯にはいつ行っても行列。
今回は北側にある入り口から建物の前を通り東側の横にずっと行列が繋がり、
建物の裏の前門前まで行列が達していました。
恐るべし、国慶節の天安門広場の観光客。
荷物の持ち込み禁止、撮影禁止なので
あらかじめ荷物は国家博物館の横の方にある手荷物預かり所に預けること。
なにせ長い行列、しかも炎天下。
アイス売りがひっきりなしに来ます。
なにせ並んでいるのはおのぼりさんが多いですから
食べ終わったアイスのゴミはそこらへんに捨てます。
行列は長さの割には思ったより早く進みます。
なぜなら、毛沢東の遺体は立ち止まって見ることが許されていないから。
隣を歩く間に横目で見るだけですから行列も結構サクサクと進みます。
列の横では係員が「黄色い線の内側に4列に並べ」と怒鳴っています。
列が入り口に近づくと献花用の造花売り場があります。
一束2元、案外買う人は少ないです。
1/3も買っていなかったんじゃないかな。
物見遊山的な人もかなり列にはいたと思います(私を含め)。
でも人民服できちっと正装したおじいちゃんなどもいました。
いよいよ入り口に近づくと今度はパンフレット1元の販売。
これも決して立ち止まらずに行われます。
中に入ると毛沢東の椅子に座った姿の白い像。
前に献花台が置いてあり、造花を持った人々は列を離れお辞儀をして献花していきます。
あの花、絶対使いまわしだよ。
そしてその部屋の脇の通路を抜け次の間へ。
そこが遺体安置所でした。
水晶張りの部屋になっていて、体には中国の国旗「五星红旗」が掛けられています。
停まらずに水晶の部屋の外を通り過ぎただけだし遠目なのでよくは分かりませんが
毛沢東の顔は肖像画より皺が多くかなり老けて見えます。
享年82歳ですからね、老けた顔をしていても当然でしょう。
そして急かされるようにその部屋を通り過ぎると次の間はお土産屋でした。
毛沢東グッズが色々売られています。
すぐに出口があり、建物を出ると…、お土産の屋台がずらりと並んでいました。
外のほうは毛沢東とは関係ない北京ダックなども売られています。
写真は裏口側(前門側)から見た毛沢東紀念堂。
青と白のパラソルが土産屋です。
4.前門と毛沢東紀念堂の間にわさわさいる人々
座り込んで休憩している人多数。
5.前門(正門)
正式名称:正阳门。
ここにも休憩中の人多数。
6.前門(箭楼)
昔は正門とU字型の城壁で繋がっていたようですが、
旧鉄道の駅が近くにあり、交通の妨げになるため城壁は取り除かれたようです。(1901年)
この裏は昔ながらの下町になります。
物乞いの人多数。
7.8.武装警官たち(だと思うんだが…)
9.天安門広場
遠くに見えるのが天安門、左の碑が英雄記念碑。
この写真だと裏側になりますが、
国旗がたくさん立っているあたりに孫文の肖像画が飾られています。
英雄記念碑は四方を警備されていて近づけません。
ここ、天安門事件前には自由に近づけて夕方にはこの階段で夕涼みする人が大勢いました。
天安門事件直後は銃弾痕も見られたようですがすでに修理されています。
この近づけない碑を見るたび、まだ元に戻ったわけではないと思い知らされます。
10.三輪車の荷台に載ってやってきたおばあさん
このような人を3人ほど見かけました。
最寄地下鉄は閉鎖されているし、バスやタクシーでもすぐ近くには停まれませんから
足が悪いとこういう交通手段が一番便利だったのでしょう。
車椅子の人も見かけました。
彼らにとってはそこまでしてでも行きたい天安門広場。
11.国家博物館
正面にはオリンピックまでの日数、時間が表示されています。
12.天安門広場
遠くに見えるのは噴水です。
わざわざ国慶節のために作ったのか?
この人の多さなので迷子や人探しの放送がひっきりなしに入ります。
13.オリンピックをイメージした花段
記念撮影者多数。
14.15.その前に並ぶ(多分)武装警官たち
さて、ここ天安門広場には国旗掲揚台があり
毎日、日の出日の入りになると国旗掲揚降納式が行われます。
これが長安街を通行止めにし、人民解放軍がズンズンと行進してくるという
なかなかの見もの。
でも見物人もとっても多いのです。
夕方4時半頃、国旗掲揚台付近に場所取りしている人たちがかなりいたので
もうすぐ始まるなら見たいな、と思っていたのですが
物売りのおじさん曰く「国旗を降ろすのは夕方6時」。
ちょっと待て、あんたら今から一時間半もここで待つ気か???
今回は残念ながら時間がなく諦めましたが
北京に行った際には是非一度は見てねー。
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左側の列に「升降旗时间」(国旗掲揚降納時刻)という欄があり
今日降旗时间(今日の国旗降納時刻)
明日升旗时间(明日の国旗掲揚時刻)
が載っています。参考にしてください。 北京——交通工具——*地下鉄
北京は中国で初めて地下鉄の出来た都市です。(1974年開業) まず改札に降りていくわけですが、これが深い。 階段数えたら110段ありました。 こんなに深いのは防空壕代わり? 構内での撮影は禁止されています。写真撮ったら改札の人に注意されました。 公安に見つかると大変なんだそうです。 改札へ続く通路の途中には入り口が檻で入れないようになっている奥に続く通路…。 やっぱり何か地下鉄以外の要素も持っていそうです。 観光客が一般的に使う1号線や2号線は3元で、切符売り場で券を購入します。 自動券売機はありません。 それもそのはず、切符はバスの切符と似たような薄っぺらい紙製。 当然自動改札ではありません。 (郊外の路線では自動改札になっているようです)
入り口では日がな一日改札係のおばちゃん2人が切符をちぎってます。 記念にとっておきたいなら、おばちゃんへ切符を渡すとき切符から手を離さないように。 そうすれば切符の端っこをちぎってくれますが、
渡してしまうとそのまま傍のゴミ箱行きです。
出るときには切符を出す必要はありません。
上海の地下鉄車両はフランスやドイツのものを使っていますが
北京のものは国産です。(北京地铁车辆厂) 上海の地下鉄と比べると駅も車両も古く感じます。 まぁ、出来たのも上海よりかなり古いですから。 それと地下鉄ホームには「防爆器材」と書かれた直径50cm高さ80cmほどの鉄製の筒が
ホームの柱に鎖で繋がれて置いてあります。
迷彩柄の蓋で封をされ、中は見られません。
テロ対策?
ホームへ車両が止まると人が降りるのを待たずにどっと人が乗り込んできます。
「先下后上(降りるのが先、乗るのが後)」の放送がむなしくホームに響きます。
このマナーに関しては上海の方がましですね。(勿論上海にも守らない人はいる)
ただ国慶節期間中で北京人以外の人が多い時期でしたから
一概に北京の状況が悪いとは言えません。
ちなみに国慶節期間中は天安門広場最寄り駅である「天安门东」「天安门西」「前门」の駅は
封鎖され列車は通過していました。
バスは通っていたのでバスに乗り換えるか歩きでした。
*バス
北京のバスは1元のものが多いです。
エアコン付だと2元もありますが、少ないように感じました。
そして車体が…ぼろい。
上海でもぼろいバスはありますが、その比じゃないくらいぼろい。
あ、でも王府井などの繁華街を走るバスはきれいでした。
トロリーバスも多く走っており、王府井ではトロリーの架線がないため
はずして走っていましたが、エンジン音がしなかったので電池かなにかが動力でしょうか。
中にはぼろぼろの2両編成のバスもありました。(繁華街では走っていない)
これに乗るのは久しぶりだったので(多分10年以上ぶり)ちょっと懐かしかった。
車体が長いので真ん中で曲がる構造になっていて、
その部分にも座席があります。
交通カードの機械が入り口に取り付けられているバスもありましたが
見ている限り、使っている人がいませんでした。
確か最近導入されたはずです。
上海では多くなったワンマンバスも乗ったのは一度だけでした。
上海の多くのバスで見られる電光掲示板や車内アナウンスもなく
頼りは切符売りのおばちゃんの声とバス停の看板表示だけなので
乗っていてかなり不安です。
子供に対してはかなり優しいです。
これは中国どこででもこの傾向があるのですが
北京の場合は切符売りのおばちゃんがかなり強制的に
座っている若い男性を立たせて子供を座らせます。
時には自分の席に座らせたりもします。
上海のバスでも子連れで立つことはあまり無いのですが
(大抵誰かが譲ってくれたり膝に子供を座らせたりするため)
北京の場合はそれが徹底している気がしました。
*タクシー
北京のタクシーは初乗り10元ですが、
私が乗ったのは1.2元/kmと1.6元/kmの二種類ありました。
初乗り10元も1.2元のほうは4km、1.6元のほうは3kmです。
(基本料金10元で3km、2元/kmのタクシーもあるようです)
上海ではサンタナが多いのですが、北京の1.6元で多く見かけるのは韓国の現代(ヒュンダイ)。
残念ながら私は一度も乗れず…。(タクシーにあまり乗らなかったから?)
1.2元はシャレードだったのですが、これは昔の「黄虫」のように消えていく運命かも…。
「黄虫」は「蝗虫」(イナゴ)と同じ発音で昔よく北京で見られた
黄色い初乗り10元の「面的」(ワゴンタクシー)のことです。
荷物がたくさん詰めて値段が安かったのでよく乗っていましたが
きれいじゃなかったし乗り心地は良くなかった。
中国ではこのようなきれいでなく乗り心地の悪いタクシー車両がどんどん消え
乗り心地のいいきれいな車両に変えられています。
上海浦東でも昔アルトタクシーが走っていましたが今ではすっかり見かけません。
アルトは大抵、車体がぼろぼろでした。
一度乗ったタクシーの運ちゃんは我々が日本人だと分かると
日本語での挨拶を聞いてきました。
オリンピックに向け、タクシー運転手も外国語を勉強しているそうで
暇さえあれば車の中で英語学習のカセットを聞いていると笑って話していました。
ちなみに1.6元のタクシーで市街地(ただし空港に比較的近い地域)から北京空港まで
52元+高速代金10元でした。
上海の虹橋空港に行くのも昔は高速料金取ってました。(今は要らない)
市街地から浦東空港までの距離に比べると北京の空港はかなり近い場所にあります。
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写真は
1.地下鉄改札へ降りるための長ーい階段
2.二両編成バス車内
3.地下鉄の改札係のおばちゃんたち
4.地下鉄ホームの謎の防爆器材
5.地下鉄駅構内の謎のわき道
6.二両編成バス外観
7.北京空港へ向かう高速の料金所
8.バスの切符と地下鉄の切符(左下)
10/8/2005 北京——马车——国慶節の休みを利用して北京に行ってきました。
実に11年ぶりの北京です。 北京人から以前、「北京はどんどん変わってしまって古い町並みが減っている」と聞いていたので、 その変化を見てみたいと思っていました。
なにせ、7年ぶりの上海ではあまりに変わっていて、 昔の知識(レストランやお店)が全然役に立ちませんでしたから…。
さて、そんな思いで降り立った北京、
空港からバスでホテル近くまで行き、 バスを降りた私たち家族が見たものは… 馬車でした。 目を疑いました。 なにせそこは国際貿易センター。 その横を通る大通りを荷物を荷台に載せた馬車が通っていったのです。 あっけにとられカメラ出す暇もなく、馬車は通り過ぎました。 それからあの馬車を見たいとカメラを構え待ちましたが 結局最終日までお目にかかれず…。 さすがに馬車は北京ではかなり珍しいんでしょうね。 10年以上前の大連ではよくロバ車を見ることが出来ました。
時々妙な鳴き声が聞こえてきて何かと思っていたらロバでした。 今の大連でもものすごーく郊外に行けばロバ車が見られます。 (さすがに街中にはいません) 上海でも浦東の郊外なら昔はいたかな…。
でもやはりかなーり郊外です。 今回の上海(半年前から滞在)ではまだ見ていませんね。 北京の国際貿易センター付近は勿論昔からの繁華街ではありません。
開発されたのは多分ここ10年ほどの間でしょう。 道沿いにはホテルやオフィスビルが立ち並んでいますが 工事中のところも目立ちます。 东三环中路という環状になった高架の下の道路を北から南に向け馬車は走っていきました。 写真はホテルの部屋から撮影した东三环中路
8/18/2005 吃在大连?今回大連で食べたものを紹介します。
韓国焼肉:
大連で食べたものって大連名物じゃないの?と思うアナタ、
大連には韓国焼肉の店が多いんですよ~。
もともと中国東北地区は朝鮮族という少数民族の多い地域で
朝鮮族は家ではハングルを話し、朝鮮の文化で暮らしています。
朝鮮族ばかりいるような自治区で育った人は
家族が朝鮮族以外との結婚は許さないという人もいます。
もっとも周りが漢民族ばかりの場所で育った朝鮮族にはハングル話せないって人もいます。
大連も昔は朝鮮族の経営する朝鮮系の飲食店が多かったのですが
今は韓国系の店が多くなっています。
韓国からの留学生もものすごく増えているようですからねぇ。
韓国との国交樹立前には韓国のことを「南朝鮮」と呼んでいたのが嘘のようです。
(国交樹立前の中国発行の地図では朝鮮半島は分かれていなくて
首都は勿論平壤。南側はアメリカに占領されている…と書かれていました)
中山広場から続く人民路沿いにはこの手の韓国焼肉の店が多いです。
フラマホテル内にあるサラボールは有名です。(高いけど)
フラマに移る前に友人のおごりで食べたことあります。
今回はその辺の普通に綺麗な韓国焼肉屋で食事して二人で120元ほどでした。
韓国系の焼肉屋って服務員が焼いてくれるところが好き。
だって自分で焼くと忙しくて食べられなくなるから。
(ただし私は日系の焼肉屋でも自分で焼くことはほとんどない。全部旦那まかせ)
薫肉大餅:
これは高級店にはあまり無いメニューです。
薫製の肉の薄切りを油多めで焼いた餅(ビン:お焼きのようなもの)半分に挟んで
白髪ねぎと味噌をかけて食べます。
この餅(ビン)は作るとき、油を塗っては伸ばし、又折り曲げて塗っては伸ばしとやるので
中が何層にもなっていてその間に肉やねぎ、味噌を入れます。
見た目はピタパンのようです。(それよりもかなり油っこいですが)
肉は薫製なのでかなりあっさり。(それも多分安い肉を使っている)
味噌は若干濃い味です。
大体、餅(ビン)二枚(半分にしたら4個分)に肉、ねぎ、味噌のセットですので
そのときの食欲により何セット頼むか決めましょう。
旦那がこれが大好きで先日、大連に出張に来た際、
ローカルスタッフと食事するのにこれをリクエストしたら
「そんな安いのでいいのですか?」と聞かれたそうです。
ここでは櫻桃肉も食べました。
酢豚っぽい料理ですが、酢豚より甘くパイナップルは入っていません。
上海ではそういえば見かけないなぁ。
子供お気に入り(甘いからね)。
昔友人のドイツ人がこれが好きでよく「櫻桃肉、怎麼様?」と聞いては
私と毛沢東オタクのアメリカ人に拒否されていたのを思い出します。
天津街の屋台:
天津街とは駅前ラマダホテルの横に伸びる歩行者天国になっている繁華街です。
今でこそ大連の繁華街と呼ばれる場所は増えましたが
天津街はいわば昔からの繁華街。
今、ここにはずらーっと屋台が並んでいて大勢の人が集まっています。
(多分、屋台は夕方からです。未確認)
屋台裏ではテーブルと椅子もあり、食事が出来るスペースもあります。
どの店構えも新しくて綺麗なので、結構安心して食べられるのも魅力。
他の都市だとあまり食べる気にならないのに
ここだと安心できるのは私達の場合、
「よく知っている土地で今までたくさん食べたからきっと安全」という
訳の分からない理由によるかもしれないので不安な方は食べないで下さいね。
旦那はここで息子にせがまれイカ焼きを買い与えていました。
金石灘で旦那に怒られそうだとビクビクしながら息子の要求に屈して食べさせた私は何なの?
ついでにイチゴソフトも。
中国でソフトクリームは案外ハズレが多い食品なのですが
これは当たりでした。
でも牛乳の味はしなかったので普通のソフトの材料ではないと思う。
あっさりしていて、かき氷のイチゴシロップを使ったような味でした。
私と旦那はご存知シシカバブ。
ウイグル族のお兄ちゃんが焼くお店で買いました。
羊さん、大好き~!
海鮮:
大連といえばやはり海鮮!
天天漁港という大連では海鮮で有名な店で食べました。
店先に水槽がたくさんあり、そこから好きなのを選んで
自分好みの調理法で調理してもらいます。
調理法が分からなければ店員さんにお勧め調理法を尋ねましょう。
水槽にも魚の名前と値段、お勧め調理法がいくつか書かれています。
とりあえず、シャコを茹でたのと、カワハギを豆腐と煮たの、
ホタテのニンニク蒸し、生ナマコの和え物を頼みました。
ナマコは私の大好物。大連では干しナマコも有名ですが
私はやはり生のコリコリ感が大好き。
香菜、ニンニク、唐辛子で和えたピリカラ味でした。
ホタテにみじん切りニンニクを載せて蒸したものもあっさりしていて美味。
カワハギは息子が気に入りかなり食べました。
そして、シャコ!
私が日本で行くような安いお寿司屋さん(回るお寿司とも言う)で出てくるシャコは
冷凍物なのでパサパサして味もへったくれもないのですが、
やはりさっきまで生きていたシャコを茹でたものは味が濃くて美味しい!
皮剥くのは気をつけないと刺にさされまくります。
それにビール、ジュースで400元位だったかな?
大連名物はほかにもあります。
有名なのは水餃子ですね。
群栄楼のものが特に有名。
群栄楼餃子は冷凍物もあります。
今回は時間の都合で食べられませんでしたが。
冬だと火鍋、牡蠣や酸菜が入った鍋です。
大連の酸菜は白菜を茹でて発酵させたもので冬の貴重な食料です。
なにせ冬になるととたんに野菜の種類が少なくなります。(寒いからね)
なので本格的な冬が来る前に人々は酸菜を作っておくのです。
市場にはあちこちに酸菜用白菜の山が出来ます。
この時期、白菜一株なんて買おうものなら市場のおじさんに怪訝な顔をされます。
白菜は10株くらい(又はそれ以上)を一遍に買う人ばかりですからねぇ。
酸菜は鍋に入れるほか、炒め物にも使います。
大連料理は少し塩気が多く、唐辛子を使ったピリカラ味が多いです。
比較的素朴な味付け、素朴な調理法のものが多いですね。
私自身は上海の味付けよりもこちらのほうが飽きがこなくて好きかなぁ。
(食べなれているだけかも)
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